第25話「異世界モノが読みたい」
むき出しの、じめじめしたコンクリートの壁。
薄暗がりの地下室。
お互いの顔すら仮面で隠して、十数人の仲間たちが集まっていた。
秘密の集会、本の交換会である。
テーブルの上には、本が並べられている。
いまの地球では、出版できず、所持することも危険な、禁書。
それゆえ、表紙にはイラストもなければ、タイトルすらない真っ白。
中身は、過激思想が書いてあるわけではない。
ポルノのようなものでもない。
そんなもののために、誰が、危険をおかして集まるものか。
ここに集められているのはすべて、「異世界転移モノ」の小説か、マンガだ。
仮面を被った人々は、異世界モノの本を手に取り、一読して、さもおかしそうに、身をよじって笑う。
感動に震える者もいる。
一人の男が、本を読みながら笑い声をあげた。
「どうした?」
「この本、凄いぞ!
タイトルは……
『椅子職人の俺、異世界で皇帝も魔王も座らせました』
って言うんだ!
ストーリーはもっと凄い!
主人公は、木工家具の工房で椅子を作ってる職人で、腕っぷしも知恵も無し、椅子を作る技術だけしかない。
でも、そんな彼が、魔法のあるファンタジー世界に転移しちゃって、大活躍して天下をとるんだ!
なんで大活躍できるのかっていうと……
その世界には椅子というものが1つもない。
それどころか、『座る』が無いんだ。
この世界の人間は、『座る』という動作をついに思いつかなかったんだよ!
『立つ』と『寝る』だけしか知らなんだ。
主人公は、『座る』の存在しない世界で椅子を作って、人々に『座る』快楽を教えてやるんだ!
それで、威張り散らしていた貴族も、王様も、魔族も、みんな椅子に座ったとたん、
『おふうっ……!』とかいって変な声だして快感に喘いで、椅子のトリコになっちまうんだ!」
「それは小説より漫画のほうが向いてそうだな? 変顔の絵が欲しい」
「もちろん、『おふうっ』っていうシーンの挿絵も付いてるぞ。
いちばん笑えるのは、王国一番の賢者を椅子に座らせた時だな」
そう言って彼は、小説を読み上げ始めた。
「『こ、これはもしや、異端の学者ナルニアデスの、幻の第三体位……!』
『それは何ですか、ボクは普通に椅子を作っただけですが』
『私以上の賢者であったナルニアデスは、人体の構造上、立つ・寝る以外の姿勢が可能だと考えたのです。その幻の第三体位の探求に全人生を費やしたが、ついに見つけ出すことができなかった……その第三体位が、まさに、これだ……』
『やれやれ、ボクはただの椅子職人なのに、また何かやっちゃいましたか』」
部屋中が大爆笑に包まれた。おかしすぎて、その場にうずくまって震えている者までいる。
他の誰かが別の本を掲げた。
「それ最高だな! だけど、俺のもスゴイぞ。足し算と引き算しか存在しない世界に転移して、掛け算とわり算を教える話なんだ。計算尺なんて作ったら『天才だ!』って大騒ぎに……」
みんな心から楽しそうだった。
当然だ。「異世界で俺TUEEE」ほど楽しい物はない。
優秀な地球人が、無能な異世界人を圧倒する。
最高に甘美な空想だ。
しかし、次の瞬間、その楽しい雰囲気は雲散霧消した。
男が真っ青な顔で飛び込んできたのだ。
「た、大変だーッ! 騎士団が! 騎士団の手入れが!」
「なんだって!?」
「探知妨害魔法を掛けておいたじゃないか」
男たちが騒ぎ出した。本をまとめて、逃げ出そうとした。
そんな暇など無かった。
「残念ながら……」
厳かな声がした。
光り輝く魔法陣とともに、甲冑で全身を包んだ騎士が数人、出現した。
「残念ながら、お前たちの見様見真似の魔法など、正規の騎士には通じんのだよ」
かれらは、「ヴェルトハイム魔導帝国」の騎士。
この地球を支配する人々である。
地球は、20年ほど前、魔法が存在する異世界から、侵略を受けたのだ。
そして、瞬く間に征服された。
この場にいる皆も、ヴェルトハイムの凄まじい力をよく知っている。
ニューヨークの上空に、ある時、ドラゴンに牽引された何千もの船が出現。
銃すら持たない異世界の軍勢を、はじめ地球人たちは侮っていたが。
かれらが、たった一言呪文を唱えただけで、戦場の物理法則が改変され、すべての火薬が爆発しなくなった。小銃、戦車砲、ミサイル……すべて無力化された。
それなのに、かれらが剣を振り回すと光の刃が伸び、戦車が真っ二つになった。
わずかに抵抗を続ける者もいたが、『大地の精霊力』を操られて農業が全滅すると、その抵抗も止めざるを得なかった。
地球は資源を搾取され、魔法の才能ある子どもたちを強制連行され、貧困と屈辱にあえいでいる。
異世界で俺TUEEEは、現実に起こった出来事だ。ただし攻守を逆にして。
「こそこそ集まりおって……何をやっていたのか、調べさせてもらうぞ?」
騎士たちは、その場で交換されていた本を没収して、つぶさに調べる。
「ふむ、なるほど、こういう内容か……わが帝国に対する叛意、地球人は面従腹背、と解釈することもできるな?」
ニヤニヤ笑いを浮かべながらページをめくる騎士。
その場に集まった男たちは顔面蒼白のまま、必死に言い訳を始める。
「は、叛意なんて……とんでもねえよ! 俺たちはみんな、どれだけ税を掛けられても払ってるし! 子どもたちも帝国に差し出してるじゃないか、逆らう意志なんてないんだ、これはただの空想で……」
そうなのだ、完全に抵抗をあきらめた今の地球人にできることは、こんな空想で、心を慰めることだけだ。
「そうだな……反逆罪を適用する必要はないな。黙認という形ではあるが、このような内容なら、どうこうは言わんよ、せいぜい、目立たないようにやるんだな」
「えっ!? 本当によろしいので!?」
言い訳した男も、まさか本当に許可されるとは思っていなかった。
騎士たちは、特に何も答えず、軽蔑したようにフンと鼻を鳴らすと、瞬間移動で去っていった。
「た、助かった……のか?」
☆
騎士たちは、成層圏を極超音速で飛びながら、会話する。
「団長殿、さきほどの本の件ですが……一体なぜ、あんな甘い態度を?」
「そのほうが都合が良いと思っただけのことさ。
我々、ヴェルトハイム人は、あんな惨めな現実逃避はしなかったからな」
かれらヴェルトハイムは、5000年前、超科学を持つ異世界から侵略され、征服された過去があった。
しかしヴェルトハイム人は屈せず、密かに魔法の技術を磨き続け。
侵略者が衰えた隙を突いて反撃に転じ、逆に滅ぼしてしまったのである。
ヴェルトハイムの魔法が、地球人の兵器を圧倒できるのは、もっと進んだ科学文明と戦った経験があるからだ。
「それは確かに。連中があんな空想にふけっている限り、ほんとうに反撃される日は来ない」
「『異世界モノ』万々歳。推奨したいくらいさ!」
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