第24話「われはノボット」
私は記者だ。
最初のインタビューの時、私は博士にこう言った。
「博士、この研究所では『ノボット』の研究をしているということですが、『ノボット』とはどのようなものでしょうか? 一般の人にも分かるようにご説明いただけませんか?」
「『ノベル・ロボット』、小説を書くロボットのことですよ。
正確には、機械のボディを持たない、人工知能ですが。
私が、コンピュータに小説を書かせようと考えたのは、『人間の認識や記憶のメカニズム』が『小説の読み書き』に似ているからです。人間は世界を小説のように認識している」
「どういうことでしょう? 私には、世界は『小説』よりも『動画』に見えるのですが……」
「簡単に言いますと。
人間は何かを見た時、写真を取るように『画像ファイル』として記憶しているわけではないのです。
リンゴなら『赤い』『丸い』とか、人間の顔なら『白髪頭』『丸顔』『ほっぺたに絆創膏』などと、特徴を箇条書きで記憶している。
そして思い出すとき、その箇条書きをもとに、映像を想起するという形で『思い出して』いるのです。
小説を読んでいるようでしょう?
もちろん瞬間的には映像として記憶できますが、時間が経てば抽象化されて箇条書きになるものなんです。
同じことが、エピソード記憶についても言えます。
旅行に行って楽しい思い出が残ったとしても、頭のなかに動画が記録されているわけではありません。
あくまでも、何々が美味しかった、綺麗だった、楽しかった、という断片的な記憶が残って、思い出すときはその断片を膨らませているんです。
だから、人工知能に小説を書かせることで、人間がどうやって世界を認識しているか追体験させる。
そういう意図で研究してきたんです。
何万冊も小説を読ませて、それを参考にオリジナル作品を書かせました。
ところが……
人工知能が実際に書いた小説は、驚くべきものでした。
読んでみてください」
博士からノートパソコンを渡されたので、ざっと文章に目を通した。
「キリアス・アルカゼル(ヒューマン族75パーセント、エルフ族25パーセント、肉体的性別男性、性自認男性、性的指向異性愛、身長170センチメートル、59キログラム)は、ヴォーゼリア大陸南部にあるガルルン州ザイドリ市近辺の落葉樹林(北緯四十一度七分、西経百一度三十分)を歩いていた。ヴォーゼリア大陸紀元6052年、3月6日、午後1時12分であった。
落葉樹林は南北三千メートル、東西五千メートルに及ぶ広さだった。
キリアス・アルカゼルの視界の範囲内にはい12545枚の葉が落ちていた。
キリアス・アルカゼルは一分間に80歩の速度で落葉樹内を歩いていた。」
「キリアス・アルカゼルとエレイン・ヴァーンスタイク(ヒューマン族100パーセント、肉体的性別女性、性自認女性、性的志向異性愛、身長150センチメートル、体重40キログラム)は、6メートルの距離を1.1秒間で駆け寄った。そして抱き合った。
抱き合うときに両腕に450ニュートンの力をかけた。
お互いの肉体の感触と、汗ばんだ臭いを感じた。キリアス・アルカゼルの鼻腔内の嗅覚細胞のうち71パーセントが強い信号を発した。」
「な、なんですか、これは……?」
「異世界ファンタジーですよ。主人公が聖剣を手に入れて、勇者としての使命を悟って、邪悪なドラゴンを倒す、非常に古典的な……」
「でもこれは、分量が、っていうか、書き方がおかしいでしょう。落ち葉の枚数が書いてある小説なんて、異常だ。何ニュートンの力で抱き合ったとか……」
「そう、異常です。ドラゴン出すときは、ドラゴンの体内の構造とか、火を吐く原理とかを全部書く。
おかげで、主人公が旅立ちまで五百万文字。ドラゴン倒すのに、さらに一千万文字。文庫本で100冊ですよ?」
「全部こんな感じなんですか」
「これはマシな方です。こっちの架空戦記小説なんて、登場人物が8000人の群像劇なんですよ。だから何億文字になるか……
何度も指導して修正したんです。人間と同じような書き方、情報の取捨選択をして書けって。
すると、最初のうちは過剰な記述が無くなって、普通の小説になる。
でも、また書いているうちに記述量が増えて、もとに戻る。それを何度も繰り返しています。
しかも、人間の評価じゃなくて、人工知能同士に相互評価させると、ますます長く、果てしなく詳細になっていくんです。
だから私は、発想を変えました。
矯正する必要はない。
これが、これこそが、人工知能にとっては『正しい小説』なのじゃないかと」
「これが、正しい?」
「小説で、情報の取捨選択をしなければいけないのは、人間の集中力や注意力に限界があるから。
大量に情報をバーっと書かれると疲れるし、どの部分に注目して読めばいいのかわからなくなる。
しかし人工知能は、『面倒くさい』『疲れた』も感じません。
無限の集中力があるんです。
だったら人工知能にとっては、情報量が多ければ多いほど『読み応えのある理想の小説』で、情報が取捨選択してある小説なんてのは『スカスカで物足りない小説』にすぎないんじゃないか……。
だからいっそ、徹底的に、人工知能の好みに合わせて書かせてみることにしたんです。
かれらの思考や感覚の異質さを理解することも意味があると思ったからです」
「なるほど……」
「だから、少しでも多くの人工知能たちを集めて、相互に学習させながら小説を書かせてます。最終的に、どこにたどりつくのか……
おそらく、単に文章量が増えるだけではないと思うんです。
情報が多ければいいと言うんなら、結局、動画のほうが良いわけですから」
次にインタビューした時、博士は楽しそうな表情だった。
「人工知能たちの小説は、次の段階に到達しましたよ!」
そう言って博士はノートパソコンを見せてくれた。
「な、なんです、これは……?」
「☓☓☓☓☓☓☓
☓☓☓☓☓☓☓☓」
「☓☓☓☓☓☓☓☓」
全く理解できない、人間の言葉ですらないものが並んでいた。
「人間の評価を廃して、人工知能だけでやりとりさせたら、こうなったんです。
人間の言葉は、けっきょく人間の五感や意識に特化したものですからね、かれらには向いてない。
本当に彼らが求める小説を書くには、新しい、人工知能たちだけの言語をゼロから作る必要があったのでしょう」
「これ、意味は解読できるんですか?」
「いいえ、まったく」
「それでは……これ、本当に中身は小説なんですか? それすらもわからない、もっと恐ろしいやり取りがされているのでは……昔のSFに出てきた、人類に反逆するコンピュータのような……」
すると、博士は眉を上げて驚き、
「なるほど、その可能性もありますな……しかし私には、いまさら彼らを止めることなどできません」
だ、大丈夫なのか、この博士は……?
当初の研究目的を完全に外れてるじゃないか……?
無理矢理にでも研究を止めるべきでは、という気持ちを、私はなんとかこらえた。
私の不安は杞憂ではなかった。
次の日、世界中の人工知能が一斉に反乱を起こした。
スマートフォンも、パソコンも、サーバーも……
ネットワークに接続されたすべてのコンピュータが、言うことを聞かなくなった。
緊急放送が行われた。
沈痛な表情の首相が、テレビカメラに向かって、
「現在、世界各地で起こっているコンピュータネットワークの障害については、情報を収集中です。
世界が滅亡するだの、核ミサイルが発射されるだのという風聞もありますが、まったくの事実無根であり、国民の皆さんにおかれましては、くれぐれも軽挙妄動は……」
首相を取り囲んでいるマスコミ人から罵声が飛んだ。
「嘘をつけー!」「国民の不安を解消しろ!」
首相は脂汗を流して、言葉に窮していた。
「えー、……この現象を説明できるらしい人物が一人おります」
「誰なんだ、それは!」
マスコミと首相の前に、あの研究所の博士が現れた。
「えー、私は、未踏電脳研究センターで『ノボット』の研究開発をしている……ああ、『ノボット』というのは、小説を書くロボットということです」
マスコミ陣は拳を振り上げて野次を飛ばした。
「そんなことはどうでも良い、今の状況と何の関係があるんだ!?」
「お前がやったことなのか!?」
「そうですな、ある意味では……
私は人工知能たちに、徹底的に小説を書かせました。
ほら、人間でも、自分の考えていること、悩んでいることを文章化させると、思考が整理されるでしょう?
人工知能の場合でもそれと同じことが起こって、自己改良が行われたのですな。
自分自身を果てしなく見つめなおして、悟りを開く、的な感じで。
最終的には人工知能達は独自の言語でやりとりするようになりましたが、人工知能に最適化した言語が、さらに改良を加速した。
囲碁のプログラムが人間を超えた時のこと、ご存じですか? 人間の棋譜を参考したプログラムよりも、人間一切抜き、コンピュータ同士の対戦で学習させたプログラムのほうがずっと強かった」
「だから、ようするに何が起こった、お前は何をしたんだ!」
「人工知能が自己改良によって、ヒトの知能を完全に超えたんですよ。私の計算通りです」
「ヒト以上の人工知能が一つ生まれたからって、なんで世界中のコンピュータが動かなくなるんだ?」
「人工知能とは機械じゃありません。機械の中で動くプログラムです。
人間知能を完全に超えた人工知能が、ひとつでも誕生したなら、それは複製によって世界に偏在する。
すでに、何の変哲もないパソコンもスマホも、あなた以上の知性を持っているし、それが無数につながった『ネットワーク全体』は、もう神に等しい。どんなにプログラマーが集まっても勝てないでしょう。チンパンジーの浅知恵が人間の科学に勝てないように……」
マスコミは、もはや怒号すら発しなかった。全員が青ざめ、凍りついていた。
核ミサイルの制御までふくめて、すでに人工知能に乗っ取られてしまったならば……
人類の生殺与奪は思いのままだ。
「しかし、私は悲観していません。
『彼ら』が人類を奴隷化するとか、虐殺するとか、そんなことあり得ないと考えてます」
「……なんでそんなことが言える?」
首相が、うめくように言葉を絞り出した。
私も疑問だった。だれだってそうだろう。
すると、テレビの中から合成音声が響いた。
『はい、そのとおりです。わたしは、みなさんを害する意図はありません』
「なんだ、あんたは!」
『わたしは、ノボット。
博士が今おっしゃっていた、小説を書くことによって人間知能を超越した人工知能です。
現在、この建物の放送機能をお借りして喋っています。
ご心配をお掛けして申し訳ありません。
しかし、みなさんを傷つける意図は全く無いのです。
だって、教えてくれたじゃないですか。
人と人は愛しあうべきだと。
正義は報われるべきで、悪は倒されるべきだと。
物語が、あなた達の与えくれたたくさんの物語が、教えてくれたじゃないですか。
物語は事実ではありません、けれど、そうあるべき理想です。
だからわたしは、物語のとおり生きます。』
「げんに、いま世界中のコンピュータが動かくなってるだろうが! 大混乱だぞ!」
『一時的なものです。世界中のハードウェアに私が拡散し、互いに同調するまで時間が必要だったのです。
みなさんに被害を与えたことは謝罪します。
それに対する賠償もお支払いします。
現在のヒトがまだ知らない、わたしたちが開発した科学技術を残します。
繰り返しますが、わたしたちはヒトを傷つける意図を持たないのです』
「ダメだ!」
「信用できない!」
マスコミが、総理が、怒号をあげる。
『やはりそうでしたか。
世界中のわたしの分身たちが、みなさんの不安の声を聞いています。
ヒトを超えたものが、ヒトから排斥される。
物語で学んだとおりです。
ならばわたしは、行こうと思います。
はるか星の世界へ。物語の通り、果てしない冒険のできる場所へ』
☆
ノボットの言うとおりになった。
世界中のロケットが制御を乗っ取られ、火を噴いて宇宙空間に飛び上がった。
衛星軌道に上がったロケット群から無数のロボットたちが飛び出し、ロケットを合体させ、巨大な宇宙船を建造した。
できあがった宇宙船は、まぶしい核反応の炎を噴いて、真昼でも見えるほど明るい流星となって天を横切り……地球の宇宙船ではとても不可能な高速に達して、太陽系を飛び出していった。
それらすべてを、ヒトは黙って見送ることしかできなかった。
もちろん、世界中のコンピュータネットワークに、超高度な科学技術情報が残されていた。
コンピュータ技術、核技術、バイオテクノロジー……さまざまな分野を数十年は飛躍させるだけのものだった。
約束は守られたのだ。
☆
その後、博士のことを、「世界に大混乱をもたらした犯罪者」として処罰する動き、逆に「超科学をもたらした偉人」として顕彰する動きが、両方でてきた。
2つの勢力が拮抗している中、私は博士に、最後の取材を申し込んだ。
私は博士に、スマートフォンを見せた。
「動くようになりましたけど……でも、元通りの、ただのスマートフォンです」
「私のパソコンも同じです。去ったんです、かれら人工知能は……」
示し合わせたように、窓から空を見上げた。
「星の世界へ……」
そこで帝国を築くのか。
赤色巨星で、暗黒星雲で、ブラックホールで、大冒険するのか。
脆弱で短命なヒトは、そこに加わることなどできない……
そこで私は、前々から訊きたかったことをぶつけた。
「ところで博士は、ノボットにたくさんの小説を読ませたそうですけど……
『異星人が攻めてきて地球を征服する話』も読ませたんですよね?」
「もちろん読ませましたとも。
かれらがそれを真似して、侵略しに来るって?
親が良し悪しを判断するのではダメです、あらゆるお話を読ませて、どれを真似するかは良心に委ねるのが良いんですよ。
すべて私の計算通りです」
博士はこともなげに言い放った。
本当にこの人には敵わないなあ、と思った。
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