第27話「愛玩惑星」

 その惑星には、フワフワの白い毛皮と、ピンと立った長い耳をもつ人たちが、住んでいました。


 ある日、惑星の近くに、なぞの巨大宇宙船が出現しました。

 空間を飛び越えてきたのです、おそらく光よりも速く。

 いまの人類の科学力で、こんなことできるわけがありません。

 人類を遥かに超えた、異星人の出現。

 史上初めての大イベントに、各国政府がやっきになって電波を送り、異星人とコンタクトを取ろうとしました。

 しかし、どんな信号を送っても、まったく返事がありませんでした。

 巨大宇宙船は、どんどん接近してきました。

 大気圏内に入り、都市の上空に迫り……

 ここまで近づいても、まだ電波信号への返信はありませんでした。


 とつぜん、巨大宇宙船から光線がほとばしりました。

 何千本もの光のビームが触手のように。

 街に出て、空を仰ぎ、宇宙船を眺めていた人たちに、光線が降り注ぎました。

 光線は人々を空中に吸い上げて、宇宙船まで運んでいきました。


 不思議な事に、光線は、人間を無差別にさらうわけではありませんでした。

 中年男性は無事で、彼の連れていた娘だけさらわれました。

 下校中の子供たち数十人を光線が襲ったときは、全員でなく、3分の1だけさらわれました。


 とにかく、何万人という人たちが拉致されたのです。 

 

「異星人の目的は侵略だった!」


 世界中の軍隊が懸命に反撃しました。

 しかし戦闘機もミサイルも、何の役にも立ちませんでした。

 人間を引っ張りあげた光線とは別の光線が、キラリと一閃し、戦闘機とミサイルをまとめて薙ぎ払いました。

 ミサイルの量が何十倍にも増やされました。核ミサイルさえも使用されました。

 ほんわずか、迎撃をかいくぐって爆発したミサイルが数発ありましたが、宇宙船には傷一つつけられませんでした。


 宇宙船は、ゆうゆうと他の都市に移動し、そこの上空でも、全く同じように拉致を行いました。

 やはり、一部の人間だけが拉致されました。


「降伏する! 我々人類は降伏する! どんな要求にでも従う、だから……!」


 悲痛な命乞いを行う国もありました。、

 でも、降伏の申し出すら、何の返答もなく無視。


 世界中で何十万人かを拉致した宇宙船は、すうっと加速して大気圏外に出て、現れた時と同様、パッと姿を消しました。


 これは戦争ではありませんでした。

 駆除、収穫……そんなたぐい。

 人間など、宇宙人の力の前には下等生物に過ぎなかったのです。

 多くの人々が、自分たちの無力に衝撃を受けて、自暴自棄な行動に走りました。

 自殺し、仕事を投げ出し、麻薬に溺れ……

 

「こんど異星人が来た時のために、力を蓄えるんだよ!」と叫ぶ人々は、少数でした。

 

 退廃と悪徳に満ちた数十年がすぎた時、また謎の宇宙船が近づいてきました。

 軍隊が攻撃を加えたましたが、やはり何のダメージも与えることができませんでした。


 宇宙船は光線を放ち、今度は人々をさらうのではなく、ポトリ、またポトリと、人々を地上に返しました。

 さらわれた人々が全員戻ってきたわけではありません。せいぜい1割。

 しかも全員がヨボヨボに年老いていました。


「それでも良い、帰ってきてくれて嬉しい。」

「生きていて良かった。」

「ご飯と家を用意したよ。ゆっくり休んでくれ。」


 みんなが歓迎しました。 

 ところが、戻ってきた人々は絶望の顔で……


「戻りたくなんて、なかった……」

「俺達は、向こうでペットにされていたんだよ」

「異星人の目的は、珍しい愛玩動物を見つけることだったんだ」

「むこうの星では、毎日おいしい物を食べられた。危険なんてなにもなくて、働く必要もなかった。檻の中で寝っ転がっているだけで、可愛い、可愛いって、チヤホヤしてもらえた……」

「でも、俺達は歳をとって、もう可愛くなくなったから、捨てるんだって」

「最後まで面倒見てくれるご主人もいるけど……俺達のご主人はそこまで優しくなかった……」


 異星の文明で作られた、ものすごく美味しい餌に慣れてしまって、もう人間社会の食べ物なんて体が受け付けないのです。


「戻りたくなかった……」

「ずっとご主人に、優しく飼われたかった……」


 そう言って、次々に息絶えていきました。

 

 惑星じゅうの人たちは、またも衝撃を受けました。

 異星人に飼われることがそんなに幸せだなんて。

 わずかに残っていた「科学力を高めて反撃しよう」論者は完全に消えてなりました。

 うらやましい。

 空の向こうの楽園に行けた人たちが。

 そこで生涯を送ることができた人たちが。


「我々も連れて行ってほしい。」

「異星人、ご主人様、また来てくれ……」


 世界中の人々がそう祈りましたが、異星人が再び現れることはありませんでした。

 ペットの流行が変わったのでしょうか? とにかく、もう現れなかったのです。


 それでも人々は、願い続けました。


「来てくれ。来てくれ……」

「良い子にするから……」

「争いごとも、嘘もつかないから、迷惑かけないから、迎えてに来てくれ……」


 長年の間に、細かい事情は忘れ去られ、人々はこう語り伝えるようになりました。


「悪をなさず、善行を積めば、いつか空の彼方から、ご主人様がやってきて、私たちを楽園に連れて行ってくれる……」


 こうして、この惑星に宗教が生まれたのです。

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