第28話「危険思想」


 2115年。

 マンガ編集部にて。


「今回のは自信作なんだって? じゃあ、さっそく読ませてもらうよ?」

「お、お願いします!」


 ☆


 仮想戦記漫画 『鮮血の幻槍』


 その日、多くの若者が、

 大日本帝国の不滅を信じ、

 大空に散った……


 ズガガン ズガガアアン


 陸上攻撃機「銀河」が、敵の高角砲によって凄まじく揺さぶられていた。

 小さな窓から、彼も見ていた。

 青空に閃光が広がって、一緒に飛んでいた飛行機が、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 機体に吊るしていた、特攻兵器「桜花」もろとも……


「ダメです! 一番機、三番機が撃墜されました!!」

「銀河隊はマシなほうだ、一式陸攻隊は全滅してる」

「1トンしか積めない機体に、2トンの桜花吊るしてるんだぜ、鈍重にもなる……」


 機内電話から、桜花搭乗員の声がした。


「行かせてください! 俺に、出撃の許可を!」

「まだ敵の空母までたどり着いてないじゃないか!」

「外周の駆逐艦なら殺れます! 何もできずに死ぬよりは良い!」

「わ、わかった!!」

 

「3,2.1,分離!」


 バン! 大きな音とともに、懸吊装置が爆砕され、特攻兵器「桜花21型」が母機から切り離された。

 細長い爆弾に、ヒレのように小さな翼をつけただけの代物……

 2トンもの重荷から解放され、「銀河」の機体がフワーッと浮き上がる。


 分離した「桜花21型」は、ただちに固体ロケットに点火。


 シュゴーッッッッ!!


 真っ白い煙の尾をひいて加速、敵艦隊に突っ込んでいく。


「行け。行け、行くんだ―ッ!」


 彼は、窓にかぶりついて叫んだ。


 しかし、矢のように飛んでいった「桜花」は、敵駆逐艦に突入することはできず、それを飛び越して海面に突っ込んだ。

 爆発。

 むなしく水柱が上がった。


「速度が速すぎて、操縦困難か……? 翼面荷重の問題か……? クソっ、それじゃ、彼は何のために……!」


 搭乗員と心を交わした日々のことを思い出した。

 彼は滂沱の涙を流す。


「俺は作ってみせる! 彼らを死なせない兵器を……!!!」


 ☆


「ダメダメ、これはダメ、ヤバくて載せられないよ!」

「えっ、特攻という題材がダメですか。でも、主人公は特攻に反対しているんですよ」

「特攻がダメなんじゃないよ。主人公は技術者で、若者たちが次々に死んでいくのに心を痛めて、無人の誘導ミサイルを開発するんだよね?」

「はい。物資も何も手に入らなくて苦労に苦労を重ね、戦争が終わる直前に、やっと試作誘導弾で一矢報いるんですよ」

「誘導ミサイルなら殺しても良いの?

 今は二十二世紀なんだよ。人工知能が人間知能を超えたのはもう五十年も前のことだ。

 機械にも人権が認められるべき。常識だ。こんな差別的なマンガは載せられないよ」

「えっ……? でも、第二次大戦の頃に人工知能なんて無いですよ。主人公が作るのは、真空管を使った原始的な無線操縦ミサイルなんですよ」

「原始的な機械なら殺しても良い、というのはね、赤ん坊は人権が無いから殺しても良い、って言ってるのと同じなんだよ?」

「いくらなんでも、その理屈はおかしくないですか!?」

「強引であることは俺も認めるさ。でも差別について敏感な読者は、そこまで考える。抗議が来るのは間違いないね。

 それより問題なのは、主人公が、『若者たちを特攻で死なせたくない』という、人道的な思想を持っていることだよ。

 君も学校で習っただろう。人間の政治家なんてものがいた時代、どんなにひどい時代だったか……戦争、差別、虐殺にあふれていた暗黒の時代だったか……

 人工知能に政治を任せることで、やっと理想の社会を作ることができたんだよ。

 暗黒時代じゃなかった、立派な人間もいた、というのは歴史修正主義だ。

 昔に戻そうとしているんだ、と思われても仕方ない」

「で、でも……」


 若い漫画家は、うろたえながらも、まだ納得がいかない様子だ。


「きみもしつこいね。

 『人間国宝のアレ』みたいになって良いのかい?」

 

 編集者に冷たい声で言われて、漫画家は硬直した。

 創作にかかわる人間の間で「人間国宝のアレ」と言えば、ひとつしかない。

 大人気ライトノベル「人間国宝が異世界に転生して5000人斬った件について」は、アニメ化寸前だったにも関わらず……とつぜんアニメは製作中止、原作も絶版回収に追いやられた。 

 作者がSNSで差別的発言をしたからだ。

 「コンピュータはプログラム通りにしか動けないが、人間にはプログラムを超えた可能性がある」などと書いてしまったのだ。

 なんというヘイトスピーチ! ポリコレ的に許されるわけがない!

 などと、たちまち大炎上して、作者が謝罪してもバッシングが収まらなかった。


「す、すいませんでした。僕が何もかも間違っていました」


 若い漫画家は全面降伏した。


「主人公は、むしろ徹底的に特攻をすすめて、若者を殺しまくる外道にします。それなら良いんですよね!?」

「良いよ。人間なら、どんなに悪く描いても差別じゃないからね」

「でも、特攻するだけの話ではエンターテイメントにできないと思うんですが……」

「そこを料理するのが君ら漫画家の仕事だろう? さあ、帰った帰った」

「はい……」


 若い漫画家は、肩をおとして帰っていった。


 ちなみに。

 人工知能は政府の代わりに、法律や政策を決定し、予算を配分しているが。

 表現規制をしろ、などと命令してきたことは一度もないのである。

 人工知能を悪く描いてはいけない。人工知能以前の時代を良い時代として描いてはいけない。

 これらは全部、人間が勝手に忖度して、勝手に自主規制していることなのであった。

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