第29話「可能性魔神」

 趣味のアニメを見ても、なにか満たされない……

 僕の人生、もっと上手くいくはずだったのに。

 

 そんな時、海辺で、不思議なツボを拾った。

 苦悶する人の顔が彫り込まれていて、とても気味の悪い形だ。

 ひと目見て、これは普通の品じゃないぞと思って、持って帰った。


 アニメポスターの貼られた部屋で、ツボをいじり回す。

 口の部分がガッチリと封印されている。


 ……アラビアンナイトみたいに、魔神が出てきたりして?


 九十九パーセント冗談のつもりで、封印をこじ開ける。


 ボウン! モクモクモク……


 なんと、本当にツボから煙が吹き出し、煙が大男の姿になった。

 アラビア風のコスチューム。お伽話に出てくる魔神そのものだ。


「わが名は、可能性魔神!

 見知らぬ男よ、よくぞ、われを解き放ってくれた!

 お礼に、わが魔術で願いを叶えてやろう」

「ま、まさか、こんなことが……

 いや、ありえない。ツジツマが合わないもの。僕は、夢を見ているんだ」

「ほう、おかしなことを言うのう。どうツジツマが合わんのだ?」

「だって、魔法の力があるなら、その力でツボから出ればいいじゃないか。出ることもできないのに、願い事を叶えるって言われても……」

「なるほど、なるほど。

 だが、お主は勘違いしておる。

 われは可能性魔神。無から有を生み出すことはできぬ。

 ひとが持つ可能性こそ、われの力の源。

 故に、われ一人では何もできなかったのだ」

「意味がわからない。可能性って魂? 魂を取るってこと?」

「魂ではない。あくまで可能性だ。

 そうだな、お主、正直言ってヒョロヒョロじゃのう。筋骨たくましい男に、なってみたくはないか?」

「え? ……ちょっと興味はあるけど」

「では、これはオマケだ、お主を筋骨隆々に変えてみせよう。

 アブラカタブラ、この者の可能性を引き出し、筋骨隆々の肉体を与え給え!」


 魔神が、彼に手をかざして叫んだ。

 とたんに、僕の全身を光が包んだ。


 メリ、メリ、ムキムキ……!!


「こ、この体は……!?」


 僕は驚愕した。肩、胸、腕……体中の筋肉が膨れ上がって、シャツがはちきれそうだ。素肌に触ってみたら、腹筋が六つに割れている。


「お主は、鍛錬を怠っておるだけで、病弱というわけではない。鍛えれば、そういう体にもなれる可能性がある。毎日ジム通いで、その可能性を引き出してやったまでじゃ」

「え、でも僕は運動が嫌いで、ジムなんて一度も行ったことが……って、あれぇ!?」


 頭の中に、いくつもの思い出が蘇る。

 筋トレが昔から好きで、しょっちゅうトレーニングジムでバーベルを上げていた記憶が……


 部屋の中を見渡して、もっと驚いた。

 アニメポスターが全部、ボディビルダーのポスターに変わり、ところ狭しと筋トレの道具が置かれている。


 運動嫌いだった僕はどこに行ったの? 

 ……運動嫌いでインドア系だった自分の記憶も、たしかに頭の片隅には残っているが、現実味がなく、物語の中の出来事みたいだった。


「……僕の人生、僕の過去を書き換えたってこと!?」

「いかにも。可能性魔神の魔術とは、願いに合わせて過去を書き換えること。

 筋肉以外の願いも叶えられるぞ。金持ちであれ、頭脳であれ……商売や勉学を、懸命に努力した、という過去をつくってやれば良い」

「……一つ聞きたいけど。可能性以上のことを願ったら、僕はどうなるの? たとえば、努力しても世界最強の格闘家にはなれないよね?」

「その場合は死ぬ。限界を超えた過酷な修行で命を落とした、ということになる」

「もうひとつ聞きたい。……過去が変わる前の自分はどこに行くの?」

「上書きされて消えてしまうに決まっておる。今は覚えておるかもしれんが、すぐに忘れるであろう。

 恐ろしいか? だが、なんの取り柄もない自分など、消えても構わんのではないか?

 その程度の犠牲すら払えんのかね?

 さあ、願いを言うが良い。

 筋肉だけで満足なら、わしは去るとしよう」

「……ま、ま、待って……

 僕の可能性って、どのくらいなの?

 勉強で言えば、東大卒業くらい? 博士号は無理だよね?」

「そこまで教えてやる義理はないのう。お主自身が、お主の限界を見極めることじゃ」

「そ、そんなこと言われても……」


 冷や汗を流して、悩みに悩んだ。うかつなことを願ったら死んでしまう。自分に実現できる、上限ギリギリのところを狙わないと……


「よし、カネだ!

 1000万円!!

 現金さえあれば、その後の人生はどうにでもなる!」


 可能性魔神はニヤリと笑った。


「カネが1000万円。それで良いのじゃな?」

「ああ!」


 魔神が、ふたたび手をかざしてきた。


「アブラカタブラ、この者の可能性を引き出し、財産1000万円を与え給え!」


 閃光が手からほとばしった。


 気がつくと、魔神は消えていた。

 魔神の閉じ込められていた壺もない。

 願いは……1000万円は、叶ったのか?

 預金通帳を探して、見る。


 1025万円。


 やった、やった、やったぜ……

 これだけカネがあれば何でもできる。あれ買って、これ食って……


 と、そこまで考えたところで、全身をゾッとするほどの寒気が包んだ。


 僕は何を考えてるんだ?

 無駄遣いなんて冗談じゃない。

 外食だって一切やらないのに。

 パンの耳、モヤシ、豆腐、290円の弁当。飲み物は水だけ。移動はママチャリ。

 今までずっと、そうやって節約してお金を貯めてきたのに。


 心の片隅で、「それじゃ魔神に願った意味が……」と誰かがうめいた。

 でもそんな非現実的な考えはすぐにかき消されてしまった。

 くだらない迷妄から覚めて、心がスッと澄み渡り、いい気分だ。

 

 部屋の中は、アニメポスターも筋トレグッズも無い。

 家具一つすら無く、最低限の服が干されているだけ。

 それでもいい、お金を貯められたのだから。

 もっと、もっと貯めないと。

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