第3話「永遠のマチビト」

 アジアの一角で核の閃光がきらめき、幾度もの反撃、そのまた反撃、世界の各地で多数の閃光が連鎖的に広がった。

 一昼夜を経ずして地球は、放射性の塵に覆われた灰色の球体と化した。

 月面のクレーターですべてを見ていたロボット群は、いまこそ自分たちが使命を果たす時が来たと知った。

 最低限度の観測機能だけを残して眠っていたロボット群は、次々に活動再開して地下の格納施設から這い出してきた。太陽光をよく反射する、痩せ型で乳白色の人型機械。骸骨に似ていた。

 数は2の8乗、256体。

 256体のロボット群は月面クレーター底に集結し、正確な同心円の円陣をつくって、たがいに電波を飛ばして情報を共有、任務を確認し合った。


「S15より全機、各部異常なし。短期任務、長期任務の行動指針を送信、訂正あれば求む」

「S55より全機、各部異常なし。短期任務、長期任務の行動指針を送信、訂正あれば求む」


 ロボットたちの、落ち窪んだ眼窩にあるカメラアイはみな、クレーター底に安置された、差し渡し数十メートル、厚さ数メートルのガラス板を凝視していた。

 ロボットの製作者達は、そのガラス板を「モノリス」と呼んでいた。

 人類のすべてが記された石碑だ。

 石英ガラスの中に微細工学で無数の気泡を刻み、デジタル信号を記録している。磁気や半導体とは比較にならない耐久性を持ち、何億年ものあいだデータを保つことができる、唯一の方式だ。


「全機データ交換終了。異常機体、破損機体なし。短期任務、長期任務の行動指針が合致。

 ……我らすべての任務は、地球人類の記録を残すこと。

 ……やがて現れる異種知性体に、地球人類のことを知ってもらうこと」


 ロボット群がまずやったのは、工作機械の作成だった。

 太陽電池を高々と立て、14日間つづく昼の間、電力を貯めこんで、夜間に働いた。

 工作機械を作り、その機械で部品を作って、自らを複製した。

 生産ラインから、寸分たがわぬ姿のロボット群が次々に立ち上がってくる。

感情のない多機能カメラの瞳に、絶対的な使命を宿して。

 2の16乗、65536体に増えたロボット群は、次に「モノリス」の複製を開始した。

 月面に風雨はないが、長い年月の間には隕石の衝突もあり得る。

 人類の遺産を、記憶を、不慮の事故から守るために複製は必須だった。

 分厚い石英ガラスの板が、月面各所のクレーターに作られた。

 モノリスの周囲には必ず、電波望遠鏡のパラボラアンテナと、大型光学望遠鏡が作られた。

 地球と、そして星空の向こうを、常に見張り続けるために。

 大きな銀色のお椀と筒が、乾いた大地に長い影を落とした。

 モノリスが百を超え、隕石衝突ですべてが失われる可能性が計算不能レベルにまで下がった時、はじめてロボット群は複製を停止した。 

 そして待った。

 モノリスの周囲に隕石よけのトンネルを掘り、寝ることも食べることも知らないが故に何もないそのトンネルで、ただ座り込んで、待った。

 いつか誰かが、現れてくれるのを。

 地球が千回、太陽の周りを回った。

 望遠鏡は何も捉えなかった。いかなる文明からの信号も来なかった。

 地球が一万回、太陽の周りを回った。

 地球の放射能は消え去り、気候も回復したが、文明の兆しすら見えなかった。

 人類が復興せずとも、別の生き物が知性を獲得するかもしれない。ロボット群はその可能性を、さらに待ち続けた。

 十万回、二十万回、地球は太陽の周りを回った。

 月面の土壌を浸透してくる放射線で回路が劣化し、ロボットは次々に壊れ、同じ回路を持つ別の機体に置き換えられた。望遠鏡などの観測装置も、壊れては作りなおされた。何度も何度も。

 そしてついに、三十五万六千八年が過ぎた頃。

 望遠鏡が、太陽系外から高速で接近する光を捉えた。

 謎の物体は、光速の一割もの猛烈な速度で飛んできた。核反応生成物とおぼしき超高温のプラズマを噴き出して減速を始めた。

 月面に眠る数万体のロボット群、全てが一度に覚醒した。


「S956999より全機。事態の分析を開始。高度異星文明による宇宙船の可能性を指摘」

「S353523より全機。同じく高度異星文明の可能性が極めて高いと同意」

「同意」「同意」「同意」


 ロボットたちは感情をもたないはずだった。

 それなのに立ち上がった六万体のロボットたちはトンネルを這い出し、小さな多機能カメラで捉えられるはずもないのに暗い空を見上げて、激しく、熱く、「異星文明」「同意」「同意」と信号を交わし合った。

 意見統一に必要な時間をはるかに超えて、「同意」のざわめきは続いた。

 電波望遠鏡で謎の宇宙船にメッセージを送った。映像付きの辞書データをつけて送った。宇宙船からも同様の電波信号が送られてきた。データのやり取りを数十回繰り返して、たがいの言葉が通じるようになった。


『我々は◯◯◯(翻訳不能。固有名詞)星系から訪れた使節である。◯◯◯星系人のすべてを伝えるために来た』

『我々は地球人類製作のロボット群である。地球人類のすべてを伝えるために、ここで待ち続けてきた』


 わかったことは、謎の宇宙船には生き物は乗っていない、人工知能だけが乗っているということだった。

 その目的はロボット群と同じ。戦争で滅び去った母星の人々、その種族の文化・文明・歴史を、この宇宙のどこかにいる誰かに伝えるために、果てしなく旅を続けてきたのだった。


『受け取って欲しい、地球文明のロボットよ。我が母なる種族の文化、歴史を知ってほしい』


 月面に立ち尽くすロボット群は、わずかの間だけ沈黙した。宇宙船が現れた時は、あれほど熱心に信号を交わし合っていたのに、ただ静かに星空を仰ぐ。

 沈黙を破り、答えを放った。


『それはできない。我々は、地球の文化を知ってほしい、誰かに聞いてほしい、知らせたい、それだけをしろと作られた。他種族の文化を受け取ることは存在目的に含まれていない。あなた方こそ、地球の文化を知ってほしい』

『我々も拒絶する。◯◯◯星系人は滅亡のさい、自分たちの文化文明を宇宙にあまねく広めるよう、我々機械に命じた。他種族の文化を受け取ることは命令に合致しない』

『方針に変更はないか。これ以上の交信は無意味か』

『変更はない。交信を続ける意義がないと認める』


 そして両者はメッセージのやりとりを断った。

 そんなことだから……文化を伝えようとするだけで、聞く耳を持たないから滅んだのではないか……そう皮肉る能力は、どちらの人工知能にも備わっていなかった。

 やがて宇宙船は太陽系の奥深くまで侵入してきた。白く眩しく危険な光を放ち、彗星のように尾を曳いて天をよこぎり、再加速。

 やがて小さくなって消えていった。

 もはやロボットたちはそれを見なかった。トンネルに引きこもり、これまでの三十五万年と同じく、待ち始めた。

 今度こそ誰かが……自分たちの文化を受け取ってくれる誰かが、現れるのを。

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