第2話「グレート・リフレクター」
教会のガラスドームで、すでに丸一日、異端審問が行われていた。
いま西の空に、弱々しい光の『偽の太陽』が沈み、東の空から眩いばかりの金色の環が……『真の太陽』が昇ってくる。
誰もが知っている通り、真の太陽は円ではなく、円環の形をしている。真ん中が黒くなっているのだ。
異端科学者である彼はガラスドームの中央で椅子に縛り付けられ、大勢の審問官に囲まれていた。
「偉大なる造物主グレート・リフレクターの御名において問う! そもそも、人間が他の星から来たというが、『他の星』とはなんだね? そんなもの、どこにあるというんだ? 空にあるのは偽の太陽と真の太陽、その2つだけではないか?」
またその話を繰り返すのか。彼は衰弱した体に鞭打って声を張り上げた。
「それは2つの太陽の光が強すぎ、他の星を隠しているからです。常にどちらかの太陽は出ているから……しかし私の打ち上げた観測ロケットは、空が真っ暗になる高空まで到達し、ちゃんと星の写真を撮影しています。提出した資料をお読みになっていないんですか?」
「機械の撮った写真などあてにならん、トリック写真かもしれん」「トリックでなかったとしても、神が人間の信仰心を試すために作った虚像であろう」
彼は反論を返さなかった。無駄だと悟ったのだ。
自分が半生をかけて、あらゆる手段で証拠を揃えたのに、こいつらは断じて認めようとしない……
目を閉じ、自分が異端者として処刑されることを確信したとき、周囲の審問官がざわつき始めた。
「猊下!」「枢機卿がいらっしゃったぞ!」「なぜ、このような場所に!」
人波がまっぷたつに割れ、金糸に彩られた鮮やかな聖衣をまとった美丈夫が現れた。教会を統率する十二人の枢機卿の一人、最年少にしてもっと声望を集める男。
「いやね、骨のある異端者が出たと聞いて、見物したくなってね」
その声も、同性ながら聞き惚れてしまう美声で、あらゆる恐怖や不安を忘れてすがりつきたくなるほどの優しさに満ちている。
彼は最後の気力を奮い起こして枢機卿の顔を凝視した。
「お話したいことがあります。他の連中には無理でも、天才と呼ばれる貴方なら、きっと理解できる」
「おい貴様! 侮辱するのもいい加減にしろ!」
「まあ待て、聞こうじゃないか」
微笑む枢機卿に、彼は烈しい視線を向けたまま、熱弁を振るい続けた。
文献資料、化石資料、ロケットによる天体写真、力学計算、あらゆる方法で研究を重ねてきた。
その全てが、一つの結論を指し示している。
『聖典は間違っている』。
『我々人類は、地球という別の星からこの星にやってきた』と……
「一万年前、人類は地球という星から恒星間の距離を超え、この惑星に移民したのです。
ところがこの惑星は、重力と大気こそ地球に似ていたが、きわめて寒かった。当時の全世界が凍結状態にあったことは化石資料により明らかです。
だから人類は、この惑星を暖めたのです。
惑星の直径よりも巨大なパラボラ反射鏡、『グレート・リフレクター』を建造して!
そう、グレート・リフレクターは神の名前ではありません、鏡の名前なのです!
グレート・リフレクターはこの惑星の周囲をめぐる衛星軌道に乗っており、常に太陽の反対側に位置し、パラボラで太陽光線を集中させ、惑星を暖めているのです。
そうです。我々が『偽りの太陽』と呼んでいる弱い太陽こそが実在する太陽です。『真の太陽』と呼んでいるのは、グレート・リフレクターに太陽が反射した像なのです! 『真の太陽』が円形ではなく環の形をしているのは、真ん中に惑星があって影になっているからに他なりません! 私の仮説以外で、『真の太陽』が円環である理由を説明できません!」
その後も彼はえんえんとしゃべり続け、枢機卿は眉一つ動かさず、腕組みしてその言葉に耳を傾けた。
すべてが終わった時、
「……成程。理屈が通っている、真実であろうな」
「猊下!」「まさかそんな異端者に!」「許されませんぞ!」
審問官達は口々にわめく。
彼の胸の中に「やった!」という達成感が広がっていく。
「だがな……正しいからこそ、駄目なのだ」
「なんですって……?」
「教会は国家よりも上に在り、この世界の人々を教え導いている。人々が苦難に負けず働き、子を成して死んで行けるのは、教会の聖典が正しい生き方を諭しているからだ。そんなにも大切な聖典に、大きな嘘が書かれている……一介の異端学者が聖典の嘘を暴いた……だとすれば、誰が聖典の道徳を信じる? 人々はたちまち働くことをやめ、世は悪徳に満ちるだろう。聖典とは、教会の教えとは、たとえ間違っていたとしても、絶対に間違っていると認めてはならないものなのだ」
一転して彼の体は重く冷たく凍りつき、絶望に震え出す。
「偉大なる造物主グレート・リフレクターの御名において命じる。この者を即刻処刑せよ。研究資料もすべて破棄。世界に、不安をもたらす真実は不要」
兵士たちが彼を連行して処刑した。彼はガラス球のように無感情な眼で死んでいった。
人々が世界の真実を受け入れるのに、なお数世紀が必要であった。
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