第48話「レールウェイ惑星」

 俺とサトウは、宇宙船をその惑星に近づけた。

 眼下の惑星を見て、ため息をつく。


「すごいな……」「ああ……」


 鉄道惑星だ。

 草原を、山の中を、砂漠さえも、惑星のいたるところを、鉄道が走っている。

 複々線を堂々たる十両編成の列車が走る。大きな路線と路線の間を、四両編成の単線鉄道が肋骨のようにつないでいる。それどころか肋骨と肋骨の間さえも路面電車がチョコマカと走り回っている。

 

 だが、鉄道以外何もない。

 線路沿いには、手つかずの森が広がっている。家も店も全くない。それどころか駅前も草ぼうぼうの荒れ地なのだ。

 これでは客が乗るわけない。鉄道の意味が分からない。


「なぜ街がないんだろう?」

「まったくわからん」


 俺とサトウは顔を見合わせた。


「だが、これだけの鉄道網を利用しない手はないぜ」

「確かにね」


 俺とサトウの二人は、「東オリオン不動産開発」の社員だ。

 未知の惑星を発見し、開発する会社だ。

 惑星の使い道は居住・農業・観光など、さまざまだが……鉄道がびっちり張り巡らされた惑星というのは、居住用にバッチリだ。開発コストを削減できる。


 俺たちは、駅の近くに宇宙船を下ろしてみた。

 駅をのぞいてみると、俺たちが知っている通りの自動改札が並んでいる。

 改札の内側はピカピカに磨かれ、ゴミ一つなく、明るい照明で照らされて……だが、客の姿は全くない。

 案内看板や、ポスターはたくさんあるが、知らない文字なので全く読めない。

 改札の窓口に、ロボットの駅員が座っている。地球の駅員にそっくりで、同じような制服に制帽まで身に着けている。


「あのー、すいませーん、もしもし」

「×××××、××??」 


 ロボット駅員が俺の方に向いて返事した。……らしいが、やっぱり言葉がわからない。


「俺たちの言語データを送ってみよう」


 サトウが携帯コンピュータをロボット駅員に向ける。一瞬でデータ送信が終了して、


「はい、なんの御用ですか?」

「おっ、地球語が喋れるようになった。かなり高性能なロボットだな?」

「わたくしは駅員ロボットですので。異星人のお客様にも対応できるように作られております」

「ところで、この駅について教えてほしいんだけど。駅というか、鉄道だね」

「はい、こちらの駅は、キュダオー電鉄のオダー線、カルツワ駅です。各駅停車のみの停車駅となっておりますが、駅店内に売店、多目的トイレを完備……」

「いや、そういう細かいことを聞きたいんじゃなくて……どうして駅の周りに何もないの?」

「それは私ども駅員の存じ上げることではございません。駅周辺の開発は、他企業の担当となっておりますので。わたくしは、キュダオ-電鉄の駅員ロボットとして職務を全うするのみです」

「キュダオー電鉄って?」

「キュダオー電鉄は、惑星キュダオーで最大規模の私鉄会社です。安全快適にくわえ、文化の香りをモットーに、自然と調和し……」

「惑星キュダオーって、この星のことか?」

「違います。ここは惑星ネコハです。キュダオー人は、鉄道こそもっとも安全で効率的な輸送システムという信念を持っており、ネコハ開発の先陣として、キュダオー電鉄のロボット部隊を送り込んだのです。我々ロボットは、惑星全体に完ぺきな鉄道網を作り上げ、お客様がいらっしゃる日を待ち続けています」


 そこまでロボットが話したとき、俺はサトウを振り向いた。


「なあ、どう思う? なんで惑星キュダオーの連中は来ないのかな?」

「たぶん、何千年も前に滅亡したんだよ。そういう名前の遺跡に心当たりがある。惑星全部が廃墟で、人っ子一人いない」

「じゃあ……こいつらは、永遠に来ない『客』を待ち続けているということか?」

「おそらく」


 可哀想だろう、という気持ちが湧き起こった。俺たち地球人が、鉄道を活用してやるべき。

 俺はロボットに再び話しかけた。


「おれたち……じゃない、私たちが客として乗ることはできませんか?」

「異星の方でも大歓迎です。キュダオー電鉄は人種差別はいたしません。服務規程10条にそう書かれています」

「仲間をたくさん連れてきても乗れる?」

「もちろんです」

「よし、さっそく乗ってみよう、サトウ!」


 俺はサトウと一緒に改札をくぐろうとしたが、ガシャンとゲートが閉まった。

 ちょうどその時、改札の向こうのホームに、美しく朱色に塗装された特急電車が通過した。

 大きな展望席で見晴らしがよさそうだ。しかし目の前にあるのに、乗れない。


 ロボット駅員はすぐに立ち上がって、鋭く言った。


「切符をご購入ください! 無賃乗車は禁止です。服務規程1条に書かれています」


 改札の近くに切符の自販機らしいものはある。


「これ、俺たちのカネ使えるのかな」


 試しに地球のコインを入れてみたが、そのまま吐き出されてくる。


「自販機で使用できる通貨はキュダオー・ディナールのみとなっております。現金のほか、各種電子マネーに対応しております。服務規程5条に書かれています」

「でもそれは、惑星キュダオーの電子マネーじゃないとダメなんですよね? 私たちはチキュウという星から来たので、キュダオーの金は持ってないんです」

「まことに申し訳ありません。服務規程で決まっておりますので」


 ロボット駅員は頭を下げる。


「そこをなんとか!」「ダメです。まことに申し訳ありません」


 俺はロボットの石頭ぶりに腹が立ってきた。


「そのルールを決めたキュダオー人はもう滅亡したんだよ? 永遠に来ないんだよ?」

「それは私たちの存じ上げることではありません。ただ服務規程に従い、鉄道業務を全うするだけです」

「おかしいと思わないのか? もう何千年、ずっと誰も客が来ないなんて。駅の周りに家が一軒も立たないなんて。本当は気づいているんだろう?」

「それは私たちの存じ上げることではありません。ただ服務規程に従い、鉄道業務を全うするだけです」


 こいつらは鉄道業務以外のことは一切考えないように作られているらしい。


「サトウ、ちょっと来てくれ」


 俺とサトウの二人は、駅から少し離れて、木の裏に隠れて話し合った。


「いったいどうすれば乗れる? カネを偽造するとか?」「バレるだろう」

「改札を強行突破する」「つまみ出されるに決まってる」

「取材だといえば……」「俺たちだけなら乗れるけど、これから入植してくる地球人全員が乗れないと意味がないんだよ」

「うーん……?」


 俺にはどうすればいいのか全く分からなかった。だがサトウは何か思いついたことがあったようで、改札のロボットに話しかけた。


「さっきから駅員さんが言ってる『服務規程』というのを見せてくれ」

「はい、こちらになります」


サトウは駅員から渡された電子端末を読んで、力強くうなずいた。


「よし、これで行ける!」


 ☆


 キュダオー電鉄の車掌ロボット、SQ256999号は、今日も通勤電車に乗務している。

 列車の一番後ろの車掌室から顔を出し、安全を確認している。

 駅に着くと、電車から、たくさんの「野生動物」が吐き出される。

 ホーム上にもたくさんの「野生動物」がいて、電車に乗り込む。

 最近、駅周辺に野生動物が巣を作り始めたようだ。

 駅の外については、我々の関知するところではない。


 キュダオー電鉄服務規制16条にはこうある。


「野生動物が駅構内・列車内に侵入した場合は、お客様及び鉄道設備に損害を与えない限り、追い払う必要はない。

 キュダオー電鉄は動物愛護の精神にあふれる企業なのである。」


 車掌は「野生動物」たちを隅々までスキャンした。

 道具の使用なし。言語の使用なし。野生動物と再確認。

 鉄道設備への汚損なし。追い払う必要なし。


 ドア閉まり確認よし! ホーム上異常なし! 出発進行!

 

 今日もお客様はいらっしゃらない。

 しかし、いつ来ても良いように、完璧に業務をこなすのみである。それが我々、キュダオー電鉄鉄道員の使命である。

 

 ☆


 『惑星ネコハ』


 最近になって開拓がはじまった植民惑星。

 気候は温暖、緑豊かで、食べ物もおいしく、温泉まである。観光して良し、住んでよし、素晴らしい星。

 なんといっても最大の特徴は、惑星のいたるところに張り巡らされた鉄道網だろう。

 これは無料で利用することができるので、足には困らない。

 ただし、この鉄道を利用する際は、動物の着ぐるみを着て、いっさい喋らずに乗ること。

 (東オリオン不動産開発発行 銀河観光ガイド2305年版より)

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