第60話「地球の仇」

 西暦2305年。人類は火星や木星、小惑星帯に植民地を築いて繁栄していた。

 貿易や観光用の宇宙船が太陽系を無数に飛び交っている。

 それでも人類発祥の星・地球には全人口の半分が残っていた。ざっと100億人だ。

 

 ある時。「何か」が地球に、猛烈な速度で迫ってきた。


 あまりに速く、あまりに小さい「何か」。

 地球周辺の宇宙船が異常を探知した時には、何の手も打ちようがなく、衝突していた。

 大爆発。いままで人類が作ってきた、どんな大量殺戮兵器も、最大級の核兵器すら玩具にしか見えないような大爆発。

 太陽系のいちばん端、冥王星やトリトンの宇宙船までも、すさまじい閃光でセンサーがブラックアウトした。

 閃光が失せた時、地球はなかった。月もなかった。

 何億個という赤熱する破片が、飛び散っていくばかりだった。

 破壊されたのだ。地球は。

 この一瞬で地球と月に住む120億人が即死した。

 地球の破片が機雷原のように太陽系全域を埋め尽くし、むき出し状態のスペースコロニーをすべて押しつぶし、穴だらけにした。さらに30憶人が死んだ。

 破片がきわめて濃密なため、宇宙船の航行が困難になり、食料不足でさらに10億人死んだ。

 火星や、木星の衛星の地底深くに潜って生き残ったのは、たった40億人。

 その生き残りは、血のにじむような努力で破片群を掃海し、航路をひらいて宇宙船を通し、社会を再建した。餓死者や凍死者が出なくなるまで、50年かかった。

 そして人類は、生き残った人類は、絶対的な目的を持つようになった。


 地球の仇を討つ! 


 個人の娯楽はもちろん、いかなる宗教よりも思想よりも尊い、全人類の最優先目標! 

 地球が壊れたのは、自然現象ではありえない。

 何者かが、超高度な科学力で攻撃し、破壊したのだ。

 この宇宙のどこかにいる敵、憎い異星人。それを探しだし、必ず復讐しなければいけない!


 人類は、復讐のためにあらゆる人材と資源をつぎ込んだ。

 光より速く飛ぶ方法はなかったので、太陽系の外に旅するのは莫大な時間を要する。いままでは誰もやっていなかった。だが今や、時間など何の障害にもならない。

 何千隻もの宇宙船団が建造され、近傍の恒星系まで何十年もかけて航行した。

 アルファ・ケンタウリ、バーナード星、くじら座タウ星……


 たどりついた星にはなんの住民もいなかったが、資源は役に立つ。小惑星などの資源を利用してさらに多くの船団を作り、別の星へと送り込んだ。

 移民船団は、100年で2倍程度の速度で増殖しながら、次々に星を制圧していった。10個の支配星系が20個、100個と増えていった。

 人が足りなければ、クローン技術でも何でも使って増産した。人権も倫理も知ったことではない。地球の仇を討つのが最優先だ。


 人類が1000個の恒星系を調べ上げたころ、はじめて異星人に出くわした。

 だがこの異星人たちは宇宙船をほとんど持っていなかった。みんな惑星上のカプセルに入り、コンピュータに脳をつないで仮想現実の中で生きていた。

 恒星系の外など出たこともない、人工衛星すらめったに打ち上げないというのだ。


「宇宙船? そんなの作る意味ないですよ。ほかの星まで危険を冒して行くより、仮想現実の中のほうがずっと快適だ。どんな冒険だって楽しめる」


 異星人はそう言った。

 人類は疑って、その星を徹底的に調べたが、過去までさかのぼっても、地球を攻撃できるような宇宙船は持っていないようだった。

 この異星人は無罪だ。だが優れたコンピュータの技術がある。やがて真の敵と戦争するとき、役に立つかもしれない。

 人類はその異星人を攻撃した。


「なにをするんですか! 私たちは何の敵意もない! ただ仮想現実の幸せな夢を見たいだけなのに!!」


 そういって抗議する異星人たち。だが地球の仇を討つのが最優先だ。いかなる道徳よりも優先だ。


 異星人を滅ぼしてコンピュータ技術を吸収した人類は、さらに移民船団を大量建造して、たくさんの星に広がっていった。

 その後、何万という星に植民するうちに、つぎつぎに異星人に出くわした。

 だが、どの異星人も、みんな仮想現実の中で暮らしているか、そうでなくても、ひとつの星系や惑星で満足して、こじんまりと生活していた。

 何千光年離れた星に植民する、戦争するなど、そんな大それたことは考えたこともないし、そんな高性能宇宙船の技術もなかった。

 もちろん、それらの異星人が住む星も、すべて侵略併呑した。

 地球の仇を討つことは聖戦である! 聖戦のためにすべてを犠牲にするのは当然だ!

 

「おかしい……この異星人も、探している敵ではなかった……」

「もっと、もっとたくさんの星を調べなければ……」

「それにはスピードが必要だ。光の速さを超えたい」

「速度が速ければ戦争でも有利になる」

「光速という上限があるなら、敵が逃げに徹した時、追いつけない! どうしても超えたい!」


 人類は何百年もの間、すさまじい情熱を傾けて研究に研究を重ねた。基本的な物理学を一から洗いなおした。

 そしてついに、原理的に不可能であるはずの超光速航法を開発。

 光速の枷から解き放たれて、いままで以上に多くの星に広がっていった。


 そしてついに、地球消失から1万年。宇宙的スケールでいえばほんの一瞬で、人類は銀河系の全域に領土を広げた。

 

 だがそれでも、「地球を攻撃した敵」は見つからなかった。

 見つかったのは、ヴァーチャルリアリティにおぼれている弱小異星人ばかりだ。


「もしや敵は、ほかの銀河系にいるのか?」「あるいは、他の時空間、異次元?」


 人類は、はじめて足を止めて「ほかの可能性」を研究し始めた。


 銀河の片隅にある小惑星をまるごと研究施設に改造し、一人の天才科学者が、実験に明け暮れていた。


 そこに軍の将軍がやってきた。

 将軍を、博士は応接間で迎えた。


「博士。ここで君は何の研究をやっているのだね? 軍の予算を使う以上、報告してもらわねば」

「いらっしゃい、将軍。僕がやっているのは時間を超える研究です。この小惑星が丸ごとタイムマシンになって、他の時代に物体を投射できるんです」

「なるほど、敵は違う時代から攻撃をかけてきたのかもしれない。そう思って研究しているのだな?」

「将軍、実はもう敵は分かっているのです。そのために惑星破壊弾も作ったのです。これをタイムマシンでぶち込んでやれば、どんな星でも木っ端みじんです」

「なんと! 何者なのだ、敵は? いつの時代だ?」

「地球を破壊したのは我々です。というか、僕です」

「博士! いったい何をわけのわからないことを!」

「聞いてくださいよ将軍。僕たち人類は1万年間、たくさんの星に植民して、銀河全域を調べた。でも人類ほど繁栄している種族はひとつもなかった。みんな自分の星に閉じこもっていたり、ヴァーチャルリアリティだけで満足していた。判で押したように、そんな種族ばかりだった。でも人類は、あり得ないと言われた超光速航法まで実現して、銀河を支配した。なぜ人類だけに、こんなことができたのか? 

 何が何でも地球の仇を討つという執念があったからです。

 もし地球が破壊されていなければ、人類は今でも、ちっぽけな太陽系から出ないで細々と生きていた。

 必要だったんです。素晴らしいことだったんです。地球の破壊は。

 そして僕は、タイムマシンが可能だと分かった時、天啓を得ました。

 僕はタイムマインを完成させなければいけない。そして地球を攻撃しなければいけない。

 それができるのは僕だけで、それは僕の使命で……」


 銃声。


 将軍が銃を抜き、博士を撃ち殺した。

 怒りで蒼白になった顔で、将軍は博士の亡骸を踏みつける。


「ばかが! 狂いおって! ばかが! 人類の尊い故郷である地球を、自ら攻撃するなど! 我らの1万年の戦いを、愚弄するにもほどがある!」


 と叫んだ将軍は。体の力が抜けるのを感じた。

 足が冷たい。力が入らない。だが倒れることもない。……足の先が透明になっている!

 透明の範囲はどんどん広がり、床も、倒れている博士の亡骸も、すべて透き通って……

 消えてなくなりつつ、ある。


「ど、ど、どういうことだ……!!!」


 将軍も高度な教育を受けた人間である。

 タイムパラドックスが起こっていると理解できた。

 博士の言ったことは本当だったのだ。

 自分たちこそが、地球を攻撃した敵であり、自分たちが攻撃しなければ、いまの人類の繁栄はなかったのだ。

 博士を殺したことで歴史が変わり、人類の今まで築いてきた歴史が、銀河を征服した歴史が、すべて無に帰しつつある。

 

「う、うそだ……!!」


 パニックを起こしながらも、将軍の中では、いずれも絶対に譲ることのできない二つの正義がぶつかり合った。

 人類の一員として地球の仇を討つ。

 軍人として人類を守る。


「……。俺は、軍人だ!」


 将軍はしびれる体を引きずって、タイムマシンの管制室に入った。

 操作方法は実に簡単なものだった。


『1万年前に転送完了。標的は完全に破壊されました』


 タイムマシンのコンピュータがそう告げた途端、幽霊のようにぼやけていた将軍の体は、しっかりとした実体に戻った。

 床も天井も。透明化が解除された。

 人類の文明全てが、救われた。


 だが……


 将軍はうめいた。


「これから、どうする? こんな事実を、民衆に知らせることはできない。

 ずっと騙していくのか? どこか別の場所に敵がいると、ずっとそう言い続けて……

 永遠に、見つかりはしない敵を……

 それが繁栄だと言えるのか??」


 管制室の窓に将軍の顔が映っていた。

 人類を救った英雄であり、地球を破壊した大罪人の顔。

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