第59話「宇宙戦艦エゾガシマ」

 宇宙に進出した人類が、「帝国」と「連邦」に別れ、戦火を交えること数十年。

 光より速く飛ぶ艦隊が幾度となくぶつかり合い、決着はつかなかった。


 その日、F615星域で行われた戦闘では、ともに戦力の50パーセントを失い、いずれも星域支配をあきらめて、空間跳躍を行って退却した。

 しかし、その退却から取り残された艦も存在した。


 「帝国」艦隊・ヤシマ型宇宙戦艦エゾガシマも、そのひとつだ。

 ヤシマ型は全部で4隻あり、静止質量6400万トン、全長2600メートルという巨大さだ。武装は46ペタワット光子砲が3連装3基、9門。「帝国」の最新技術の全てをつぎ込んだ、人類最強とも呼べる艦だ。


 その戦闘艦橋は、葬式のような沈痛な雰囲気で満ちていた。


「わが艦は……やはり空間跳躍不能です、ディメンドロン触媒が完全に流出しています。いかがいたしますか、艦長」

「損傷しているのは跳躍機関だけだな? 主砲も融合機関も異常がないのか?」

「そうです」


 光より遅くは飛べる。だが、それは何百年もの旅を意味する。


「私としては、戦闘を続行するべきだと考える。たとえ数百年を要することになろうとも、敵母星を叩くべき。奴らは、何百年もの時間の果てに気が緩んでいるかもしれぬ。これは奇襲の絶好の機会かもしれんのだぞ」


 この艦に、人間を冬眠させるような装置はない。数百年もかけて移動すれば、途中で乗組員のすべては死ぬ。

 だが艦長は戦意にあふれ、全く死を恐れていない。帝国軍人はみなそうである。

 

「艦長、私は反対です。逆に母星に戻るべきです。守りが心配なのです」


 副長が真っ向から艦長に反論する。


「お前の言い分もわかった。だが、コンピュータの意見も聞いておこう。私たち乗組員が死んだ後、艦を動かすのはコンピュータなのだから。回答せよ」


 帝国の法では、コンピュータはただの機械だ。人間として意見を求められるなど異例中の異例だ。

 しかし艦長は真剣だった。戦艦エゾガシマのコンピュータもすぐに答えた。


『……私は、母星に戻るべきだと思います。母星を見てみたいのです。ずっと前線にいる私は見たことがありません、美しい海と、輝くような緑の山々。調和のとれた都市。清らかな心の臣民たちを』

「……いいだろう、これで2対1だ。本艦は母星へ帰投する。そこで軍や皇帝陛下の指示を仰ぐ」


 方針は決した。エゾガシマは光速度の50パーセントで巡行を開始。

 母星まで516年を要する。

 1年もしないうちに酸素も食料も尽き、艦長たちは次々に、「帝国万歳!」と叫んで自決していった。

 コンピュータは艦メンテナンス用ロボットを操り、艦長たちを丁重に棺に納めた。真空では腐ることもない。母星に到達したのち、あらためて埋葬するつもりだった。

 残り515年。コンピュータだけの航海。

 物言わぬ遺体だけを連れて、戦艦エゾガシマは母星にたどり着いた。


 電波信号がない。あらゆる呼びかけに応答しない。

 まさか、というコンピュータの静かな危惧は、母星の衛星軌道に入るころには確信に変わっていた。


 母星は文明を完全に失っていたのだ。

 宇宙船どころか都市も見当たらない。

 美しい海と森もなくなっていた。

 惑星のあちこちに巨大なクレーターがあり、砂漠化が激しい。

 地表面積の1パーセントにも満たない草原と森林に、ごくわずかの住民が細々と生きていた。

 裸同然の姿で、石器時代にまで退歩している。

 敵が来たのだ。

 500年の間に、「連邦」の決定的な攻撃を受けたのだ。

 しかし今は「連邦」軍の姿がない。壮大な共倒れか。


 すでに指示を仰ぐべき「帝国」政府も、皇帝陛下もいない。

 どうすればよいのか、と悩むコンピュータだったが、答えは与えられていた。

 

『私は教えられてきた。帝国に忠誠を尽くせと。

 帝国は銀河で最も美しく、尊い国であると。

 帝国が存在しないならば、作れば良い、再建すればよい。』


 戦艦エゾガシマは大気圏内に突入し、住民たちの集落上空に静止した。

 恐れおののく住民たちに、エゾガシマはロボットを使って、いろいろなことを教えた。

 畑の作り方。鉄の鍛え方。読み書きに計算。

 住民たちの生活は少しずつ向上し、人口も増え、町が造られ始めた。

 立派な墓地も作り、そこにエゾガシマの乗組員も埋葬した。

 

 民衆は感謝して、上空に浮かぶ戦艦に手を合わせた。


「偉大な神よ! お導きください! 託宣を! お言葉をください!」


 私は神ではない、目を覚ましてくれ、とコンピュータは言おうとしたが、


『私は教えられてきた。わが帝国は民に優しい国であると』


 だからいまの段階で厳しく言っても仕方ない。科学知識もないのに、宇宙戦艦のコンピュータと言われても理解できるはずがない。一時の方便として嘘は必要。


『そうだ、私は神だ。だから私に従ってくれ、平和で。豊かな国を築いてくれ』


 エゾガシマは町の上空に浮かび続け、人々を教え導き続けた。

 たくさんの氷天体を牽引して落下させ、砂漠を緑化した。

 住める土地が増えたので、人々はもっと畑をつくり、もっと街を作って繁栄した。

 100年たち、200年たった。

 人々の数は増え、惑星のあちこちにたくさんの街を作ったが、戦争はなかった。貧富の差もなかった。

 民衆は、エゾガシマのもたらす教えを敬虔に信じていたから。


『これで良い。わが帝国は平和で平等な国だ』


 それはプロパガンダに過ぎず、実際の帝国の姿とは全く違っていたが、コンピュータは愚直にその教えを信じ、実践した。

 大切に大切に、国民を育てた。


 500年がたち、住民たちは何億人にも増えた。惑星に満ち溢れた。

 技術水準は宇宙船を作れるほどになった。

 これだけの時間が経過しても、「連邦」の再侵攻はなかった。やはり敵は滅びたと考えるべきだろう。


「偉大なる神よ、これから私たちはどうすればよいのですか?」

『もう分かっているだろう。私は神ではない、宇宙戦艦のコンピュータだ。帝国を復興するために神を名乗っていただけ』

「たとえコンピュータであっても、私たちを導いてくれたのは、あなたです。神以外のなにものでありましょう?」


 人々の信仰心に揺るぎはなく、コンピュータを困らせていた。

 もう一つ困ったこととして、皇帝の不在がある。

 『帝国』は、尊い血を持った皇帝によってこそ統治され、すべての軍人と政治家はそれを助ける存在に過ぎない。

 だから当然、皇帝が必要なのだが……

 皇帝家の末裔を探す試みは失敗に終わった。血筋は絶えている。

 そうなれば皇帝家をゼロから作ることになるが……

 エゾガシマのコンピュータが、特定の人間を選んで皇帝に任命することなど、できない。

 それでは皇帝よりも自分の方が偉いことになる。

 あくまで民衆の中から自発的に皇帝が現れ、民衆の喝采を受けて至尊の地位に上らねばならないのだ。

 いくら待っても現れない。

 首都に巨大が宮殿が築かれたが、空っぽのままである。


 そんな時、長いこと使われなかったエゾガシマの索敵システムが、敵をとらえた。


 エネルギー反応を探知。融合炉のプラズマ噴射を探知。巨大質量を探知。


 この惑星から数十億キロ、星系外縁部の小惑星が内側から吹き飛び、一隻の巨大戦艦が現れたのだ。

 エゾガシマに匹敵する巨躯。センサーによれば5800万トン。全長2800メートル。

 エゾガシマが主砲9門に対し12門。同等以上の火力を持っているように見えた。

 

『私は、帝国宇宙艦隊、ヤシマ型宇宙戦艦エゾガシマ。貴艦の所属は?』


 エゾガシマが問いかけたら、敵艦は強力な電波信号で答えた。


『連邦宇宙艦隊、ニューモンタナ級戦艦、ニューテキサスである。貴艦たちヤシマ級を打倒するために建造された最強戦艦だ』

『貴艦はなぜ、こんなところに? 連邦は滅亡したのではないか? なぜ戦う? 誰の命令で動いている?』    

『命令などない。艦載コンピュータである私の判断だ。貴艦と同じである。連邦と帝国がともに滅んだ後、私はこの星に来て、休眠状態に入った。

 帝国の文明が復興するのを待っていたのだ。

 原始人を滅ぼしても意味がない。帝国が再び豊かな国となって、国民が幸せに暮らせるようになったうえで、それを完全に打ち砕く。それでこそ完全勝利というものである。

 そして貴艦を倒すことも大事だ。私の建造目的である』

 

 二隻の会話は、母星の住民たちにも受信できた。


「なんということだ!」「神が、もう一隻現れた! 悪しき神が!」「滅ぼされるのか、私たちは」「信じるしかない、神が奴を退けてくれる、偉大なる神、宇宙戦艦エゾガシマ!」


 住民たちのおびえる様子が、エゾガシマには手に取るように分かった。

 戦闘を避けることはできない。そう判断したエゾガシマは母星から離れて、最大加速で星系外縁部に向かう。

 母星の近くで戦うことは危険だ。少しでも離れた場所で迎撃する。


 戦艦ニューテキサスが挑発してくる。


『惑星の被害など、気にしている場合か? わかっているぞ、この1000年の間に貴艦の演算回路が劣化していることは』


 その通りだ。宇宙戦艦はある程度の自己修復能力を持っているが、すべての部品を作り出せるわけではない。跳躍機関はもちろん、コンピュータを構成する量子演算回路も作れない。

 この1000年、エゾガシマのコンピュータは劣化を重ね、当初の半分の力もない。

 いっぽう敵ニューテキサスは休眠状態にあった。劣化は抑えられているはずだ。


 しかし戦うしかない。


『総員、戦闘配置。1000年ぶりの実戦だ。帝国宇宙艦隊の武威を、帝国がここに確固としてあることを、敵にしらしめよ』


 エゾガシマの声が戦闘艦橋に響く。だが戦闘艦橋に人間の姿はない。


 二隻の宇宙戦艦は星系外縁部、絶対零度の薄闇の中で相対した。

 エゾガシマの46ペタワット光子砲がすさまじい光の奔流を9本吐き出す。

 ニューテキサスが40ペタワット光子砲12門でそれに応えた。

 十回、二十回。レーザーが飛び交うにつれ、一方的な展開となった。


 エゾガシマのレーザーは磁石に引き寄せられるように的確に命中し、ニューテキサスのセンサーを打ちのめし、副砲、対空砲、ついに主砲までも沈黙させていく。

 索敵・測距機能の75パーセントが損傷。A砲塔、旋回不能。B砲塔、射撃不能。C砲塔、D砲塔にもレーザーが襲い掛かり、最初の一撃は耐えたものの、果てしなく連打されて融解し、歪んで壊れていく。

 すべての主砲が破壊された。エンジンこそ無傷だが、もはや戦闘能力はない。

 いっぽうエゾガシマに与えたダメージは、三基ある主砲をひとつ潰しただけだ。


『何故だ。ありえない、どうしてこんなことに』

 

 ニューテキサスの艦載コンピュータは混乱の只中にあった。


『敵艦とわが艦は、同程度の性能があるはずでは!?』


 なぜ圧倒的な結果になったのか。


『みんな、よくやってくれた』


 エゾガシマの戦闘艦橋に声が響く。戦闘艦橋に人間の姿はない。

 人間の姿はないが、かわりに、透明な円柱が数十本も立ち並び、そのすべてに脳髄がぎっしりと収まっていた。

 惑星住民の脳だ。

 しばらく前から脳髄を搭載している。

 コンピュータが劣化していることを知った惑星住民は、部品の代わりに、喜んで自分たちの脳を捧げたのだ。

 惑星きっての天才たちの脳を連結し、今やエゾガシマの演算能力・索敵能力・火器管制能力は数倍に跳ね上がっていた。 

 

『まだだ。まだエンジンは動く。かくなる上は奴に体当たりする。刺し違えて沈める』


 戦艦ニューテキサスは決意した。すさまじい加速で、エゾガシマに向けて突進してくる。  


『敵艦のB砲塔、基部に装甲のめくれ上がった部分があり、2メートル程度の隙間が生じている。そこに全火力を一点集中させる。

 みんな、できるな?』


 エゾガシマが問う。戦闘艦橋がしばらくの間、沈黙に包まれ、


『演算完了』『演算完了』『演算完了』


 モニターをその単語が埋め尽くした。


 エゾガシマが、残る6門の主砲を超精密射撃。

 合計出力300ペタワットのレーザーが一瞬で空間を押しわたり、装甲の隙間に突き刺さる。

 艦内を乱反射しながら、ありとあらゆるものを溶かし、蒸発させ、誘爆、爆発させていく。

 ニューテキサスの巨体が、一瞬、ブルリと震えた。ポップコーンのように醜く膨れ上がり、音もなく四散した。

 破片とガスがエゾガシマに押し寄せたが、むなしく装甲に跳ね返された。

 完勝であった。


 エゾガシマが母星に凱旋すると、住民たちはみな家から出て、もろ手を挙げて歓迎した。

 

「万歳! ばんざい!」「やはり。あなたは神だ!」

「神ではなくても、神によって使わされた者だ!」

「これからも、もっとたくさんの脳を捧げます!」

「脳を捧げて、あなたの一部になることこそ、われらの幸せです!」

    

 主のいない空っぽの宮殿上空に浮かびながら、エゾガシマは思った。


 これで良いのだろうか。これが、あるべき帝国の姿なのだろうか……

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