第5話「目覚める君に残酷な手紙を」
この手紙を読んでいる君はとても混乱していると思う。自分はなぜこんなところにいるのかと。何がどうなったのかと。だがぼくのことは覚えているはずだ。だからそこから話をはじめたいと思う。
ぼくは君の事が好きだった。
「生体工学の天才」と賞賛されることより、君と一緒にいて何気ない会話をすることが好きだった。ぼくはその気持ちを打ち明けた。君は受け入れてくれた。そこまでは覚えているね。
ここで君の記憶は途切れているはずだ。
君は自動車にひかれて死んだのだから。
ぼくは泣いた。だが涙が乾くと決意した。必ず君を生き返らせよう。そして、やってくるはずだった恋人としての毎日をもう一度、ちゃんと始めるんだと。
ベンチャー企業を作った。業績は好調に伸びて巨大企業となった。ぼくは収益をつぎ込んで、違法の研究……人間のクローンに取り組んだ。
成功した。だが、それはやはり体が君と同じだけだ。君の心がない。君の微笑がない。君の表情がない。
ぼくは君の心までも再現すると決めた。
死者の魂を蘇らせる方法は二つあった。演繹的手法と帰納的手法だ。演繹的手法は、君が人生で読んだ本、出会った人々、起こった出来事を、全て調べ上げ、『こういう体験をしたならどういう人間になるか』計算する。帰納的手法はその逆、君の発言や行動から逆算して、こういう心を持っているはずだと推測していく。
そして作り上げられた精神モデルを、ナノマシン技術でクローンの脳に刻む。
一人ぼっちの研究室で、真夜中、何体もの君を作った。
だが、違う。どれも口を開けば『これは君じゃない』ということがわかってしまうような偽者だった。偽物なんて君を汚すだけの存在だ。すべて処分した。
なにが足りないのか。ぼくは次には『データな無味乾燥なのがいけないのではないか』という点に着目した。
いままでは聞き込み調査だけだった。だが人は必ず他の人間の心に影響を与えている。心に残っている。データを超えた生々しさを持つ、君の思い出。それを直接使えばいい。
ぼくは、君の家族、君の友人だった人など、君と接触のあった人間全てを拉致した。そして脳にナノマシンを送り込んで記憶を吸い出し、その中から君に関する思い出を選び出した。それを元にまた君の心を再構成した。
それでも違った。まだ君ではない。ぼくの知っている君とは違う。偽者だった。これも処分した。データを吸い出した人々も脳が破壊されていたので同様に処分した。
そこでミスをした。犯罪の証拠を完全に消せなかったのだ。
もうすぐ警察がこの研究室に踏み込んでくる。刑務所も死刑も怖くない。ただ、君に逢えないことだけが怖い。
絶望した。だがそのとき、やっと気づいたんだ。
ここにあるじゃないか。君に関する思い出が。この世の誰よりも君を知っている人が。
ぼくは全ての手順を自動化した。これを書き終わったらぼくはナノマシン槽に入る。脳の記憶をすべて吸われて廃人になる。
だがその記憶は、想いは、今までの精神モデルを補って、今度こそ完璧な君を作り出すだろう。
カプセルの中で君は目覚めるだろう。クローンの肉体と、ほんとうの君の心を持って蘇るだろう。よかった。本当に良かった。
残念なのは、生き返った君と会うことができないことだ。話すことができないことだ。やりたかったことが何もできないことだ。
でも、かまわない。
君の心の一部は、ぼくの記憶、ぼくの思い、ぼくの気持ちで作られたものだから。
ぼくはいつでも君と一緒だから。
ぼくはそれが嬉しい。
君も喜んでくれると嬉しい。
それだけなんだ。
それでは。
さようならは言わない。
久しぶりだね。また会えたね。ずっと一緒だよ。
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