第6話「まっすぐ惑星」

 この海ばかりの惑星に不時着して、すでに一週間。

 俺は超光速エンジンの修理を中断して甲板に出た。いつの間にか夜が明け、真っ青な空に白い雲が眩しく輝いている。

 甲板ではサトウが釣りをしていた。しばらく後ろ姿を見つめてから、声をかけた。


「おはようサトウ」

「おっ、おはよう。もう諦めたら? 救難信号はちゃんと発信したんだから、気長に救助を待ってればいいさ」

「何ヵ月、それ以上かかるかも知れないんだぞ」

「別に構わない。食料はいくらでも手に入り、うおっ、引いてる引いてる、これはでかい!」


 サトウは腕ほどもある大きな魚を釣り上げた。

 奇妙なのはその形だ。まるで筆箱のように全身が四角い。


「相変わらずだな。四角い魚ばかり」

「味はいいし、無毒だから問題ないだろ?」


 不思議なことに、この惑星の動物はみな四角い形をしている。


「なあサトウ。どうしてみんな四角いんだと思う?」

「なんだ急に怖い顔になって。進化の偶然だろ?」

「偶然ではあり得ない。肋骨が直角に曲がってるなんて、強度は落ちるし水の抵抗は増えるし、メリットは何もない。突然変異でそういう魚が生まれてもすぐに淘汰される。惑星全体に形質が広がるなんて無理だ。なあ、この惑星、昔は文明があったと考えたらどうだろう」

「陸地の全くない惑星だぞ?」

「魚が文明を築くことがないとも言い切れない。だが魚文明は、文明を発展させる上で大きなハンデを抱えている。金属の精錬が難しい」

「そうか、水中では火を起こせないから」

「そう。何らかの化学反応で熱を発生させることはできると思うが、鉱石を溶かすような温度にはならない。金属の代わりに、彼らは何で道具を作っただろう。動物の骨じゃないか? 大きな都市を建設するために何十万という魚や甲殻類が狩り尽くされただろう。

 そのあと彼らは文明をもっと発達させた。金属も精錬できるようになったし、コンピュータとか遺伝子操作を実用化したかもしれない。それでも『家とか道具は骨で作る』という文化を持ち続けていたら? 俺たち日本人は銀河系狭しと飛び回れるようになっても、まだ木造瓦葺の家に住みたがる、それと同じように」

「……もしかして、骨を効率的に大量生産するために、体中の骨がまっすぐな生き物を作った?」

「そう。木材だってまっすぐな樹じゃないと取りづらいだろう?」

「でも……それだと変だろう。お前も言ってたじゃないか、体が四角いのは生存競争に勝てないって。魚文明が滅んで生存競争にさらされたら、すぐに淘汰されるんじゃないのか?」

「全部四角くなったならどうだ。文明が滅んで、遺伝子を書き換えるウィルスが漏れて惑星中に広まった。あらゆる動物が四角くなれば条件は同じだから淘汰は起こらない。あるいは因果関係が逆なのかも知れない、ウィルスが漏れて全生物が四角くなったからこそ文明が滅んだのかも。頭蓋骨が四角くなって知能に悪影響が出たとか……」

「じゃあ……」


 サトウは真っ青な顔で立ち尽くした。

 彼も理解したのだ、なぜ俺が必死になって超光速エンジンを直そうとしているのか。

 長い沈黙を破って俺は言った。


「なあサトウ。お前の後頭部、そんな絶壁みたいにまっすぐだっけ?」

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