第18話「被害者」

 

 (イジメの話なので残酷表現と暴力表現があります。ご注意ください)


 僕は生まれついての被害者だ。僕ほど不幸な人間はいない。

 子供の頃から気が弱くて、学校では地獄のようなイジメを受けてきた。

 階段を蹴り落とされたり、全裸に剥かれたり、お金を脅し取られたり。

 どんなに泣いても抵抗しても、やめてもらえなくて。

 果てしない敗北と挫折の記憶だけが、心にこびりついて、毎日夢に見る。

 大人になった今でも、心に傷が残って、うまく喋れないし、人と目を合わせるのも難しい。

 精神病院みたいなところに入院していたこともあったけど、治らなかった。

 だから就職もできないし、学校の頃の友だちは全員なくしたし、親からも、白い目で見られ続けている……

 今も、母親が僕の部屋にやってきて、こんな言葉を投げつけた。


「いつまで引きこもってるのよ。アンタみたいな奴がいるせいで、あたしたち親まで悪口を言われる。働きなさい」

「で、でも僕は……人と喋ったりするのが、どうしてもダメで……」

「言い訳なんて聞きたくないわよ。アンタ、自分がそんな口叩ける人間だと思ってんの? クズなのよ?」


 いつもそうだ。みんなが僕を蔑んで、僕を責める。僕は被害者なのに……

 仕方なく、追い立てられるように家から出た。

 せめてバイトでも探そうかと、コンビニとかを巡った。

 でも、道行く人々全員が、僕のことを「人間のクズ、死ね」と言っているような気がする。

 電車やバスに乗ったら、みんなから暴力を振るわれるような気がして、汗まみれになって体が震える。

 店員と面接しても、顔を上げることができなくて、とても採用されるどころじゃなかった。


「あなたねえ……そんなので世の中やっていけると思ってるの?」


 思ってませんよ、でも、そうなったのは僕のせいじゃない……

 そんな捨て台詞すら言えず、僕はコンビニを出た。

 くそっ、超能力。超能力さえあれば。

 そんな昔みたいな妄想を抱いてしまう。

 僕が毎日、学校でイジメを受けている時の、たったひとつの救いは「いつか超能力に覚醒する」ことだった。いつか覚醒して、念力でみんな殺して……テレパシーで発狂させて……。明日こそ、明日こそ、きっと明日こそ超能力者になるんだ……

 それは夢のまま終わった。

 超能力じたいは空想の産物じゃない。最近になって、実在することが確認されて、研究も進んでいる。

 でも、実在はしても、僕の超能力は目覚めなかった……

 どうしてなんだ、こんなに苦しんだ僕を、誰も助けてくれない……

 だから僕は世界一不幸だ、と思いながら、フラフラと、いくつもの会社を巡った。

 どこのアルバイトも採用されなくて、日が傾いてきた。

 重い足取りで家に戻ったら、家のすぐ近く前に、年老いた女性が立っていた。

 険しい顔で僕の家を、睨みつけている。


「……!」


 僕は足を止めた。なぜか胸が激しく打った。

 年老いた女性は視線を僕に向けた。その目つきは厳しい。


「……お久しぶりですね」

「え……。どこかでお会いしましたか」

「……なぜ、そんな顔をしているのですか」


 意味がわからない。だが、睨みつけられ、責められている。


「どうして、怯えるような、被害を受けたような顔なのですか。少しは変わったかと思って見に来ました。でも、あなたは……無性に腹が立ちます」


 この人の名前は思い出せない、だけど確かに、会ったことがある……頭がいたい……


「ど、どうしてって。僕は被害者ですし……」


 その言葉を絞りだすのがやっとだった。

 すると年老いた女性は、ますます顔を激しく歪めて、


「……にしざきけんいち」


 名前を言った。


「覚えていないでしょうね。調べてください」

「あの……何の用が……」

「調べてください!」


 吐き捨てて、足早に去っていった。

 なんなんだ、一体。

 部屋に帰っても、さっきのおかしな女性の言っていたことが頭から離れない。

 だからネットで検索した。

 にしざきけんいち、にしざきけんいち……

 字もわからない、何をした人なのかもわからない。

 でも、調べたらわかった。

 新聞やニュースサイトには無かったけれど、猟奇殺人や死体画像を扱った悪趣味サイトに、「西崎健一」の名前はあった。

 そのサイトを読むにつれ、僕の頭痛と、胸の苦しさは増していって……

 読み終えた時、


「そんな……」


 頭を抱えて、机の上に崩れた。


 ☆


 次の火曜日が、西崎健一の命日だった。

 激しい雨の降る中、僕は墓地に向かった。

 墓石の前には、すでに一人の人間が……このあいだの年老いた女性がいた。


「……あの」


 声をかけると、険しいままの表情でふりむいた。


「思い出してくれたのですか」

「思い出してはいません。でも、調べて、わかりました。

 ……僕は、僕は、違ったんですね」


 被害者だと、ずっと思っていた。

 でも……

 悪趣味サイトには、「西崎健一」という高校生が、イジメで殺された事件のことが、詳しく書かれていた。

 子供の頃から気が弱くて、小学生の時から、どの学校でもイジメを受け続けて。

 全裸に剥かれたり、お金を脅し取られたりして、ついに階段から蹴り落とされて、頭を打って死んでしまった。

 そして彼を殺した、憎むべき犯人の写真まで載っていた。

 僕だった。

 茶髪にピアスで、舌を出してヘラヘラ笑っているけど、顔自体は、僕そのもの。


「……そうです。健一は。わたしの息子は、ずっとあなたにイジメられながら、超能力が覚醒することを願っていた。覚醒したら仕返ししてやる、それだけが救いだった……最後に、覚醒していたんですよ。あなたに落とされて、頭を打った時……」

「テレパシーですね……」


 何が起こったかは、想像できた。


「ええ。健一は、覚醒したテレパシーで、最大出力で、最後の力を振り絞って、いままで受けてきたイジメの苦しみを、ぜんぶ、あなたの頭の中に送りんだんです……」


 そして僕は、頭に焼き付けられたイジメの体験が、あんまり強烈だったもので。

 もとの人格と記憶を完全に塗りつぶされてしまった。

 自分をイジメの被害者だと思いこむようになった。

 だって頭のなかのどこを探しても、イジメの被害を受けた記憶しかないのだから……


「僕は、僕は、一体、どうすれば……本当に申し訳……」


 僕は涙をこぼしながら、その場に跪いて顔面を砂利にこすりつけた。

 土下座のつもりだ。


「……やはり、気は晴れませんね、やめてください」


 女性の声は、いままで以上に冷たかった。


「あなたはきっと治らない。このまま一生、健一と同じ苦しみを味わい続ける。

 それは正しい報いなのかもしれない。

 でも……本当に罪を償うべき犯人は、けっして手の届かないところに行ってしまった。

 あなたがどんなに謝っても意味ないんです」


 僕は、ズブ濡れで、フラフラと家に帰ってきた。

 ベッドに倒れこんで泣いた。


 僕は生まれついての被害者だ。僕ほど不幸な人間はいない。

 そう信じることができた昨日までの生活は、どんなに幸福なものだったか。

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