第34話「星に届かない星」

 その惑星は、地球よりもずっと大きかった。

 地球と同じ岩石惑星だったが、質量は10倍以上。

 強い重力と、濃密な大気を持ち、表面にはたくさんの水もあった。

 知的生物が進化して文明を築いていたが、地球の人間とは違い、極太の四本の足で体を支えていた。

 二本足では、とても重力に耐えられないのだ。

 もし地球の人々が、かれらの姿を見たら「カバの足を持つケンタウルス」とでも表現しただろう。

 カバの脚を持つケンタウルスは、ピラミッド状の建物を並べて街を築き。

 濃密な大気を利用して、飛行船で星じゅうを駆け巡っていた。

 バイオテクノロジー、コンピュータ技術も発達させた。

 しかし、濃密な大気と、空の大部分をふさいでいる雲のせいで、天文学の発達は遅れた。

 宇宙ロケットの研究はもっと遅れ、ひたすら挫折の連続だった。


 それでも、ある天才科学者が世界初の宇宙ロケットを作り上げた。

 荒れ地のど真ん中に、とんでもない巨大なロケットが完成した。

 一つだけでも山のように大きなロケットを、一段、二段、三段と連結している。しかも脇にブースターを5本も抱えている。

 これほど大きいのに、先端には人間ひとり乗れない、ちっぽけなカプセルがあるだけ。

 ロケットが点火された。

 オレンジの火を噴き、上昇する。

 だが、雲にたどり着くよりも早く、あっという間に第一段を切り離す。

 二段目もあっという間に燃え尽きて切り離す。

 この辺りで、ようやくロケットは雲の上に飛び出し、真っ暗になった空に進む。

 空気が希薄になり、宇宙と呼べるギリギリ下限の高度で、三段目も燃え尽きた。

 推進力を失ったロケットは、少しだけ惰性で上昇したが、すぐに落下を開始。

 衛星軌道に乗ることはできなかった。


 その惑星の街のカフェで、ふたりの男が語り合っていた。

 ロケットの開発者と、その友人だ。


「僕は更迭されそうだよ。予算の使いすぎだと」

「あれだけ莫大なカネをかけたロケットが、宇宙をかすめただけで終わりですからね」

「衛星軌道に乗れないことは、計算で最初からわかっていた。いまさらなぜ非難される?」

「わかっていても、現実に見ると悲しいんですよ、あんな大きいロケットですら、実用的な意味が何もないってのは。君だって本当はわかってるでしょう。『あのロケットより先』は無いって」

「それは確かに……」


 今回のロケットは、宇宙に届き、そのまま落ちてきた。

 弾道飛行という奴だ。

 恒久的な宇宙飛行……この惑星をめぐる衛星軌道飛行は、ずっと困難だ。

 弾道飛行の2倍以上の速度が必要になる。

 

「三段でダメなら五段式ですか? それでも無理でしょう?」

「ああ、化学反応ロケットの性能には限界がある。すでにあのロケットは理論上の性能限界に近い。改良しても衛星は無理だ。しかし、化学反応以外の推進手段を開発すれば……」

「どうやって? 核反応? 放射能をまき散らす気ですか? それともレールガンを使って打ち出す? ものすごい加速で、人工衛星なんて壊れてしまいます。人間が乗るのは論外」

「諦めろというのか? 僕は学生の頃から星に憧れていた。宇宙に行くのが一生の夢だった。それを知ってるだろう?」

「でも諦めるしか無いです。この星の重力が大きすぎるのが根本的問題です。宇宙のどこかには、質量がこの星の10分の1くらい、という惑星だってあるでしょう。それくらいの質量があれば大気と海を維持するには十分だ。そういう星の住人は、きっと簡単に宇宙に行けるんでしょう。

 でも、この星はそうじゃなかった。

 きっと神様が言ってるんです。

 宇宙なんかに夢を持つな、宇宙なんかに行こうとするな。

 この星を大きく作ってあげたから、土地はたくさんあるんだから、この星で生きなさいって」

「神、だと……?」


 科学者は、唐突な宗教的発言に困惑したが、友人の目を見て納得した。

 友人も、宇宙に行く夢を持っていたこと。何度も熱く語りあったことを思い出した。

 本当に行きたかったからこそ、神を持ち出さないと納得できなかったのだ。


「君は本当に天才なんだから、宇宙は諦めて、別のことを研究した方がいいですよ。私も官僚として協力します」

「ああ、そうするよ……」


 友人の忠告通り、科学者は別分野の研究を始めた。

 生物のような増殖能力を持つ超小型機械、ナノマシンの研究だ。

 科学者はほんとうに桁違いの天才だった。

 まったく畑違いの分野に手を出したのに、大成功。

 ナノマシンを次々に開発し、世界を変えていった。

 万病を癒すナノマシン。

 食料を生産するナノマシン。

 ゴミを燃料に変えるナノマシン。

 地面にばらまいただけでビルや橋を創りだしてくれるナノマシン。 

 ロケットを作っていた頃とは評価が一変し、科学者は偉人として世界中の人々から賞賛された。

 大統領から勲章を受け取ったが、科学者の表情は空虚だったという。


 やがて、老人になった科学者は言った。


「これまでの集大成として、究極のナノマシンを発表します。

 楽園を創りだすナノマシンです」  


 科学者が「究極のナノマシン」を解き放つと、不思議なことが起こり始めた。

 世界中で、地面が広がっていくのだ。

 自分の家の庭が、公園が、畑が……広がっていく。


「これこそ、究極のナノマシンの力です。

 このナノマシンは、地面の中に入り込んで増殖し、地面を内側から支えます。

 そうです、この惑星そのものを膨らませる力があるのです。

 最近、人口増加が問題になっていますよね。

 これで惑星を大きくすれば、土地はいくらでも手に入る。人口問題は解決する」


 世界は「世界そのものを作り変えるなんて、なんという天才だ! 神にも等しい!」と賞賛する声と、「いくらなんでもやり方が乱暴すぎない?」と不安視する声に、二分された。

 

 賛成派と反対派が論争する間にも、ナノマシンは増殖を続け、惑星は膨らみ続けた。

 世界中で異常気象と地震が起こり始めた。


「もう十分だ、ナノマシンを止めろ! 大統領命令だ!」

「残念ですが閣下、どうもナノマシンのプログラムにミスがあったようです。私の命令に従いません」

「な、なんだと!」


 惑星の重力がどんどん小さくなっていく。新しい質量が追加されず、風船のように直径が大きくなっていくのだから、当然のことだ。


「まさか……!?」


 世界中の人々が右往左往する中、たったひとり、科学者の友人だけが気づいた。

 科学者の、本当の目的に。


 友人が、科学者の家に行くと、家には小さな一人乗りのロケットがあった。

 科学者は、小さくなった重力を楽しむようにフワフワとジャンプした。


「おお、君か。こんなに体が軽くなったよ。もうすぐ、飛び出せるよ」

「やはり……惑星を膨らませたのは、重力を小さくするためだったんですね。宇宙に行くために、世界をメチャクチャにして……なんてことを……」

「君が言ったんだよ。こんなに大きな惑星があるんだから諦めなさいって。

 僕が、もっと大きくしてあげた」

「空気が逃げていくでしょう!? いくら大きくても、空気がない星では暮らせません!」

「惑星の内部はどうだ? 風船のように膨らんだ惑星には、当然、とんでもなく大きな空洞ができる。ナノマシンは二種類あるんだ。もう片方は、空洞内部の環境を整備するようになっている。大地の一部を透明化して太陽光を導き、空気と水も入れて、植物を繁殖させ……これを全て、自動でやるように設定した」

「なんですって……?」


 友人は、政府関係者に連絡して、それが事実であることを確認した。

 地上は住めなくなりつつあるが、惑星内部の巨大空洞には、楽園が築かれつつある……


「簡単なことだ。惑星内部の空洞で、もっと大きくなった世界で、幸せに、安全に暮らす……惑星内部なら、隕石も放射線も心配いらないから、超安全だ……

 安全がほしいなら、それで満足していれば良い。

 僕は、満足できないから、安全なんてすべて捨ててでも、旅立ちたいんだ。

 きみはどちらだい?」


 友人は、科学者の差し出した手を取れなかった。


「そうか……」

「どうしてなんです? どうして、世界を自由に作り変えるほどの巨大な力を得ながら、それでいくらでも幸せに、豊かになれるのに、宇宙に飛び出すためだけに使うんです? 理解できません……」

「……君は忘れてしまったんだね。雲の隙間から、わずかに星が見えた時の感動を……その星が、この世界よりも大きな、もうひとつの世界だと知った衝撃を……

 けっして届かないと言われば言われるほど、たどり着きたくなる、恋い焦がれる想いを……

 忘れることができたのは、幸せなことなのかもしれない」


 科学者のロケットは、十分に小さくなった重力の中を、まっすぐに飛び立っていった。

 友人はそれを見送った。

 こんなに胸が苦しいのは、きっと空気が薄くなったからではない。

 彼は、戻ってくるだろうか。

 宇宙旅行でどんなものを見たか、教えてくれるだろうか。

 

「来ないでしょうね……」


 もし戻って来たとしても、この星に残った人々は、もう宇宙への関心など完全に捨て去っているはず……

 あるいは、惑星内部の空洞だけが世界だと思い込み、その外側に世界が広がっていることさえ忘れているかも……

 科学者の乗ったロケットは、キラリと空の星になり、それきり消えた。

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