第33話「民主的悪魔」
ぼくたち3人、黒魔術研究会は、ついに本物の悪魔召喚術を発見した。
……はずだ。
「ついに俺たちの苦労が報われる日が来た」
ここは会長の家。
中年の会長が腕組みして、ふんぞり返る。
「やっとわたし、永遠の美しさを手に入れるのね」
副会長が厚化粧の顔を笑顔にする。召喚術の研究を始めた時は若かったんだけど……
「さっそく試しましょう! これでバイト生活とはおさらばだ!」
最後にぼくがそう言った。
ぼくたち3人は、床に魔法陣を描いて、呪文を唱えながら、魔法陣の前をずーっと歩きまわる。
5時間、不眠不休で……
疲れ果てて、意識が遠くなった時。
魔法陣の中から、煙と、炎と、硫黄の匂いが吹き出した。
煙が消えると、そこには、頭に角、背中にコウモリの翼。戯画化された通りの悪魔がいた。
「おお!」
「はじめまして、人間の皆様。わたくしは『民主的悪魔』でございます。召喚していただき、ありがとうございます」
その言葉に、ぼくたちは顔を見合わせた。
「……みんしゅてき、あくま?」「何よ、それ?」
「ご説明いたします。わたくしども悪魔は人間のみなさんの願い事を叶えるため頑張ってきたのに、騙されただの、堕落させているだのと言われております。まことに心外でございます。ですから、願いごとを厳選いたします。『人間の皆さんが、ほんとうに喜んでくれる願い事か?』審査を設けることにしました。
みなさんが願いことをしますと、わたくしは魔力で、全人類の心に問いかけます。
『ある人が、こういう願い事をしています。この願いは叶うべきでしょうか?』
この問いに、全人類の過半数、51パーセントが賛成した時だけ、願いは叶います。
51パーセントに見たなかった場合は、魂をいただきます。死ぬということですな。
なお、全人類に対する質問は無意識のうちに行われるので、質問されたという自覚はありません。
簡単なルールでしょう?」
また、ぼくたちは顔を見合わせた。
「まさか、そんな条件があるとはな……」
「でも、わたしの願いって美貌よ? 世界征服とかじゃないのよ? 誰にも迷惑かけないし、きっと賛成してもらえるはずよ!」
「嫉妬する人もいますよ」
「しかし、このまま怖がっていてもラチがあかんぞ」
会長が、まず悪魔に呼びかけた。
「まず、俺が試す。俺の願いを叶えてくれ。
カネを出してくれるだけでいいんだ。あまり大金だと、妬まれて反対されるだろうが……
そうだな、1億円くれ、1億円くらいなら、ギリギリ嫉妬されないと思う」
「かしこまりました。
世界中の人間のみなさん、この願いは叶うべきでしょうか?」
一瞬後、悪魔の頭上に円グラフが出現した。
「賛成」が28パーセント。「反対」72パーセント。
「まことに残念でございます。28パーセントの賛成しか得られませんでした」
「ま、ま、待ってくれ! 考えなおす! もっと他の願いが! 条件をつければ結果が変わるだろ? 待ってくれ!!」
「それは無理な相談です。まことに残念ですが、魂いただきます」
「うわあああ!」
会長が泣きわめく。
その体が、まさに魔法のように、ドロリと流れて変形し、悪魔の体の中に吸い込まれていった。
「人間の皆さんの考えることはわかりませんが、1億円という中途半端な額がまずかったのかもしれませんねえ。
いっそ100億円あれば、新しい産業を作って、雇用を生み出すかもしれない。
しかし1億円では、本人が贅沢して終わりですからねえ。
さて、次の方。願い事をどうぞ」
副会長は、ファウンデーションまみれでも分かるくらい顔面蒼白だった。
「ど、どうすれば良いのよ! わたし嫌よ。殺されるなんて!!」
「ぼくも怖いです。もう諦めて、悪魔には帰ってもらいます?」
「それはちょっと……永遠の若さ、諦められないわ……」
「一人だけ永遠の若さを欲しがったら、嫉妬されて反対されるでしょう。みんなに若さを」
「人類全員を不老不死にするの!? そんなことしたら人口が爆発して大変なことになるわよ!」
「たとえばですね、アンチエイジング技術をすごく進歩させるとか……完全な不老不死じゃなくて、医学の発達で老化が遅くなっただけ、とか」
「うーん、そのくらいなら、ギリギリ反発を受けないで済むかもね。
あ、悪魔さん。
わたしの願い事は、『アンチエイジング技術がすごく発達して欲しい』よ。何十歳も若返るような技術が普及してほしいの。これならOKよね?」
「わたくしに訊かれましても。OKかどうか判断するのは、人間のみなさんです。
さあ、世界中の人間のみなさん。この願いは、叶うべきでしょうか!?」
円グラフが現れた。
「はい、残念でした。賛成は40パーセントでした。魂いただきます」
「な、な、なんでよぉ! アンチエイジングが、なんで6割に反対されるのよ!!」
「何十歳も若返るとなりますと、バイオテクノロジーが必要になりますので、反対する者も多いのでは?」
「バイオテクノロジーなんて言ってないわよ、アンチエイジング!」
「願いごとをどう解釈するかは、世界中の人間しだいですので。では、お覚悟を」
「いやああ!」
副会長は悲鳴をあげて逃げ出したが、ドアにたどり着くととすらできず、悪魔に吸い込まれて消えた。
悪魔は、たったひとり残されたぼくに笑いかけて来た。
「さあ、最後に、あなたの願いは?」
「ぼ、ぼ、ぼくは……? キャンセルとか、パスはできないの?」
「その場合、『願い事なし』が願い事になります。『この人は悪魔を呼び出したのに、何も願い事をしませんでした』。はたして、全人類に賛成してもらえるでしょうか?」
「だ、ダメだろうね……バカなやつだと思われて反対される。これ、罠だね? キャンセルできないように、罠が張ってあるんだね?」
「おやおや。困りましたねえ。人間のみなさんに喜んで欲しくて、民主的に決めているだけだというのに、なぜ勘ぐられるのでしょうか?」
嘘だ、悪魔のやつは嬉しそうだ。きっと今までも、こうやって魂を手に入れてきた。51パーセントというハードルをみんな突破できないんだ。
どうすればいい……?
まっさきに考えたのは、死んだ2人を生き返らせることだった。
ずっと活動をともにしてきた、大切な友達だ。
生き返って欲しいに決まってる。
でも、「愛する人に生き返って欲しい」という願いを持つ人はたくさんいるはず。
それなのに、ぼくの友だちだけ生き返るなんて、賛成してもらえるはずがない。
かといって、全ての人間を生きからせたら大混乱。
「すべての悪魔、消えろ」と願って、二人の仇を討つか?
それで行こうかと、ギリギリまで悩んだ。
でも、人類の51パーセントが賛成してもらえるかどうか……
悪魔がもしいて、願い事を叶えてくれるなら、消えてほしくない。自分のところに来てほしいから。
そう願っている人だって多いかもしれない。
「早く決めていただかないと、『願いごとなし』で確定しますよ?」
何か、ヒントはないか。
そう思って、スマートフォンでニュースを見た。
日本国内と世界で起こっている、さまざまなニュース……
これなら、いけるんじゃないか?
ぼくは、悪魔をにらみつけて叫んだ。
「世界が平和になりますように!」
「はあ?」
「願い事だよ。『世界が平和になりますように』がぼくの願い事だ!」
「わ、わかりました。世界中の人間のみなさん、この願いは叶うべきでしょうか?」
一瞬後、でてきたグラフは。
「賛成」が55パーセント!
悪魔は苦々しい表情で、
「過半数の賛成が得られました。この願いは叶います。
それでは、御機嫌よう。チッ!」
慇懃無礼だった態度を崩し、舌打ちまでして、消えた。
☆
それから数日、ぼくは黒魔術研究会の活動をやめ、ふつうの日常に戻っていた。
電車に乗ってバイト先に向かい、安い給料のために汗水流す日々。
大金を得ることもできず、殺された2人の仇を討つこともできず。
これで良かったのか? 長年続けた活動の終着点が本当にこれでいいのか?
悩んで眠れなくなる日もある。
だけど……
ぼくは満員電車の中でスマートフォンを取り出し、ニュースサイトを見る。
ニュースを見ているうちに、友だちを亡くした悲しみがやわらいだ。
『ISISが解体』『パレスチナ自治政府とイスラエルが歴史的和解』『中華人民共和国が大規模な軍縮に同意、東アジア共同体の形成を日韓に打診』
世界中で、まさに奇跡のように、あらゆる武装勢力、あらゆる国が戦争をやめ、軍備を縮小し、仇敵と仲直りをしている。
信じられないことだが、これはぼくがやったこと、ぼくの願いの結果。
ぼくは「永遠の平和」とは願わなかった。
そんな言葉をつけたら、きっと51パーセントの賛成は得られなかった。
戦争こそが社会を進歩させるという考えの人もいるし、虐げられた民族や階級にとって、平和なんてのは不平等を固定するだけかもしれない。
だから、どうとでも解釈できる「曖昧な平和」だけ願った。
きっと、この平和は一時的なものでしかないと思う。
それでも、突破できなかった51パーセントを、この願いで突破できたことに、喜びを感じている。
わずかでも、悪魔に一矢報いた気がするから。
「ぼくの願いは、そんなに悪いものじゃなかった、そうだろ?」
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