第21話「心をひとつに」


 

(残酷表現があります。ご注意ください)


 ある日、とつぜん、地球の全人類にテレパシー能力が備わった。

 近くの他人が考えていることが、すべて聞こえてしまうのだ。


 まず、何百万組という夫婦やカップルが修羅場を迎えた。


「おまえ、俺の後輩と不倫してんのかよ! しかも二年も前から!」

「あんたこそ、もう絶対行かないって約束したのに風俗行ってんじゃない!」


 次に親子関係が崩壊した。


「父さんは本当の父さんじゃなかった!」

「お前が援助交際してたことのほうが酷いだろ!」


 犯罪者たちも、頭のなかの犯行計画、いままでやってきた犯罪の記憶がすべて漏れてしまった。

 迷宮入りしていた事件が100も200もいっぺんに解決した。


「このオッサン毎日チカンやってるのかよ、汚らわしい……」

「最近頻発してる放火は、お前だったか」


 犯罪者たちの大部分は「逃げまわっても無駄」と考えて、自首してきた。留置場は犯罪者で溢れかえった。

 まれに、自暴自棄になって「どうせ死刑だ! 何人殺せるかギネスに挑戦だ!」などという者もいた。

 

 家族、会社、警察に軍隊、あらゆる場所で、嘘が破綻し、秘密が暴かれた。

 自殺する者もいた。開き直る者もいた。人前に出られなくなり、家に閉じこもる者もいた。

 最初の半年ほどは、社会は大混乱に陥ったが、やがてテレパシーの良い影響が現れ、弊害を上回った。

 それは他者への絶対的共感。

 虐待、イジメ、セクハラの加害者は、被害者がどれほど苦しんできたか思い知った。

 キリスト教徒とイスラム教徒はたがいに、同じくらい真剣に神を信仰していることを思い知った。

 だから暴力と罵声が世界から消えた。

 この上なく平和な世界が訪れた。

 テロは完全に消滅。殺人・強姦は100分の1以下に激減した。

 全世界の警察はヒマを持て余した。

 最初の大混乱を乗り切った人々は、歓迎した。


 「理想の世界がやってきた!」


 さらに5年が経ち、10年が経った。

 人々は、個性というものが徐々に失われていることに気づき始めた。

 人によって食べ物の好みも、異性の好みも、宗教も思想も違う。

 だが、ひっきりなしに他人の考えをテレパシーとして浴びせられ続けてきたもので、自分の考えと他人の考えが混ざってしまい、区別がつかなくなってきたのだ。


「自我が失われてしまう。人は人ではなくなってしまう。魂の尊厳が!」


 そんな風に絶望する者もいた。自殺に走る者もいた。

 だが大多数は受け入れた。


「別にいいんじゃないか、個性がなくなっても」


 犯罪のない世界は、それほど魅力的だった。苦心して言葉を操らなくても全て伝わってしまう生活は、慣れてしまえば実に居心地が良かった。むしろ、テレパシー以前はどうやって生活していたのか思い出せないほど……

 

 そんな時、太陽系の外から何万隻もの宇宙船が接近してきた。

 明らかに未知の超科学で飛ぶ宇宙船。

 異星人とのファースト・コンタクトだ。

 人々は街角で、インターネットで、熱く語り合った。 


「もしかして……」

「俺たち地球人がテレパシーに目覚めることが、異星人との接触の条件だったのでは?」

「地球人がテレパシーに目覚めて理想社会を築くまで、ずっと待っていた?」

「そうかもしれないし、逆に、あいつら異星人が、俺達にテレパシーを授けてくれたのかも!」

「どっちにしても、……何が起こるんだろうな?」

「もっと良い時代が来るのさ!」

「人間同士は、完全にわかりあえて、戦争も差別もなくなった」

「きっと異星人相手だって……」


 その期待は裏切られた。

 異星人の宇宙船団は、地球にやってくると、得体のしれない光線を放って人々を吸引し、拉致した。

 拉致された人々は、拷問器具とも手術台とも知れない機械に固定された。

 5つの目玉と20本の触手を持つ軟体生物の異星人たちが群がってきた。

 異星人たちは、人々の頭部に光線のメスを入れた。

 次から次へと、頭蓋骨が切り開かれ、脳味噌が摘出されていった。

 脳を採ったあとの屍は、宇宙空間に無造作に放り出された。

 

「なんだ! なんでお前らはこんなことを! 俺達が何したっていうんだよ!」

 

 人々が、恐怖におののきながら抗議すると。

 異星人たちは5つの目を顔の真ん中に集めながら答えた。


「もしかして気づいてないんですか? 自分たちが突然テレパシー使えるようになった、その理由が?」

「私達の種族は、宇宙船などの制御にバイオコンピュータを使っているのですが……」

「工場で培養した物より、知的生物の脳を使った『天然物』が珍重されるのですよ」

「だから我々は、あなた方地球人に注目していた」

「ただし地球人には大きな問題があって。あまりにも個性や自我というものが強すぎる」

「これでは、脳を部品として多数接続した時、不適合を起こしてしまうでしょう」

「だから、自我や個性を抹消するために『選別』と『調整』を施しました」

「『規格品』になってくれて、ありがとう。最高級の脳が収穫できますよ!」

 

 

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