ショートショート「HACCP」

 ずいぶん顔色が悪いですね、刑事さん。

 お体の具合は大丈夫ですか?

 寝てない?社長の取り調べ、難航してるんですか。

 そりゃあそうでしょうね、あの人は何にも知りませんよ。

 私たちに雇われただけの人ですから。考えてみりゃあ、いちばんかわいそうだ。

 何か知っているのか、って、そりゃあ私たちは、全部知ってます。

 おや、目がギラギラしてきましたね、刑事さん。

 わかりました。全部話しましょう。ええ、もう潮時ですからね。



 発端はあれでしたね、食品偽装問題。

 世間様が厳しくなって、うちの工場に査察が入って、そこでバレちゃった。

 時代も変わりましたね。田舎でこっそりやってる零細企業をひっかきまわして。

 知らなくていいこと知って大騒ぎして。何をやってるんですかね、みんな。



 ああ、違う違う、ぜんぶ話すんでした、すみません。

 刑事さん、人魚って知ってますか?

 いや狂ったわけじゃありません。人魚です。マーメイド。ご存知ですよね。

 じゃあ、やおびくに、って知ってます?八百比丘尼。

 人魚の肉を喰って、永遠の命を得た尼さんです。


 

 何の話だ、って。あれ、まだつながりませんか?

 だからね、私たちが流通させてたのは、人間じゃなくて人魚の肉なんですよ。

 

 

 週刊誌は猟奇工場だとか騒いでますけどね、私ら一度も人は殺してません。

 工場の裏から出てきた人骨、あれ全部、上半身だけだったでしょ。

 歯形で調べても身元不明だったでしょ。当然ですよ。人魚なんですから。

 上半身は擦り潰して肉料理に、下半身は切り身かやっぱり擦り潰して、魚料理に混ぜました。

 そう美味いもんじゃありませんが、量が多いんでね。加工食品には重宝するんです。



 どうしてって、そりゃ、お客様の健康のためですよ。

 私らが使ってるのは養殖の人魚だから、効き目はだいぶと落ちます。

 永遠の命なんてもんじゃない、それでも口にすりゃ一年そこら、寿命が延びるんです。

 人助けですよ。金と時間をかけた人助け。私らの罪を償うためのね。

 ええ、私ら人魚を食べたんですよ。天然ものを、八百比丘尼さんと一緒に。



 うちの工員、みんな不老不死です。

 怪しまれるから、私たちは季節労働者を装って、営業方と社長だけ入れ替えてました。

 だから社長は何も知りませんよ。現場なんて見に来ないし、私らが隠蔽してましたし。



 信じられません?でしょうね。でも、じきに嫌でも信じますよ。

 食品偽装なんてね、ありとあらゆるところで、日常的に行われてるんです。

 賞味期限が切れてたり、農薬がついてたり、そんなのまだ可愛いもんですよ。

 つまりね、さんざん有害なもの食わされて、皆さんはどんどん弱っているんです。

 だから私たちは、人魚の肉をこっそり流通させていたんです。

 有害な食品に削り取られた生命を、養殖人魚の霊力で補充するためにね。



 工場が閉鎖された今となっては、すべて無に帰した話です。

 謎の感染症、原因不明の心臓麻痺、最近はいろいろ流行ってるみたいですね。

 このまま平均寿命はどんどん下がっていくんでしょう。私らが、食品偽装を止めたから。



 ねえ、ずいぶん顔色が悪いですね、刑事さん。

 お体の具合は、大丈夫ですか?  

   

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