ショートショート「川坊主」

 ほう、逃げないか。この姿を見ても。

 腰を据えたか抜かしたか、まあ、どちらでもよい。

 これで話がしやすくなったわ。


 貴殿はタコを知っているか。

 おそらく山育ちなら、見たことがなかろうな。

 正月の遊びではない。海の生き物だ。

 骨のない体と吸い付く八本の足を持ち、墨を吐き、体の色を変える。

 知恵の回る生き物での。長生きすると妖力を得て人に仇をなす。

 御伽草子などではない。愚僧はこの通り、祟りを受けておるのだ。


 諸国行脚の修業の旅、化け物退治など申し出たのが不味かった。

 断じて負けた訳ではないぞ。打ち斃したところまではよかったのだ。

 末期の恨みを浴びせられ、体中の骨を奪われた。

 もはや立つこともできぬ。増えた足で這いずっておる。

 髪も生えぬ。粘る液が滴るだけだ。ま、もともと剃髪していたがの。

 この屋敷にもぐにゃぐにゃと、戸の隙間から忍び込んだのだ。


 呪いを解く方法を探すにも、このままでは愚僧が化け物扱いだ。

 余った足は僧衣と宵闇で隠せるが、二本の足で立てぬのには困った。

 ぐなぐなとして力が入らぬ。支えがないからだ。

 そこで考えた。骨を作ろうとな。


 この足は刺しても切っても、ほとんど痛みを感じぬ。

 千切れてもまた生えてくる。ふふ、化け物じみておろ。

 だからこの足に、支えを埋めこめばよかった。硬く細長いものをな。

 そこらじゅうに溢れておろう。刀よ。刀を骨にしたのよ。

 都合のよいことに先も尖っておる。深く差し込むのは容易かった。

 何本も埋め込み、人間の足をこさえた。立てるというのは良いものだ。


 ところが。何事も万事、上手くは行かぬものだ。

 愚僧の大きな体を支えきれず、体の中で刀が折れるのだ。

 こうなると鼬ごっこだ。探さねばならぬ。良い骨を。良い刀を。


 そうだ。それが真相だ。五条大橋で愚僧は、骨を探しておったのだ。


 可笑しいと思わなんだか。

 二本しか手がない筈の男が、七つ道具を背負っているのを。

 なあ、愚僧を雇わんか。

 誰ぞの家来ともなれば、ひとまず人にはなれるだろう。

 骨を得た今、簡単には倒れんぞ。矢ぶすまなど物ともせぬぞ。

 なあ、愚僧を雇わんか。


 いくら叩いても無駄だ。もはや愚僧の脚に、泣き所など無いのだぞ。

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