ショートショート「チャンピオンシップ」
就寝前には軽いストレッチを欠かさない。大事な大会の前日は尚更だ。
自分が日本代表に選ばれるなんて、子供の頃は思いもしなかった。
オリンピック。いまや進歩した科学技術がスポーツの分野にも及び、誰でも簡単に好記録が出せるようになった。それでもオリンピックは開催され、俺たちは大観衆の前で、静かに戦い続ける。
全身の筋肉を入念に伸ばし、ベッドに潜り込む。明日の朝は早い。
夢は見なかった。ゆっくりと浮上する感覚。微睡みはいつも幸せに満ちている。
アイマスクを外す。枕元の目覚まし時計は、設定時刻の30秒前を指していた。思わず笑みがこぼれる。今日も充分な睡眠がとれた。
目覚まし時計を止め、耳栓を外す。
凄まじい大歓声が俺を迎えた。スタジアムを埋め尽くす観衆に、俺はベッドから身を起こし、手を振って応えた。
「まさに神業!寸分の狂いもない起床です!持ち時間をフルに使い寝癖もありません、日本代表やりました!」
まくしたてるアナウンス。鳴り止まない拍手喝采。既に起床した他国の代表がベッドの上から悔しそうに眺める中、俺はパジャマ姿で表彰台に向かう。
スポーツ科学は進歩しすぎた。スーパープレーが当たり前になり、あらゆる競技の勝敗がつかなくなってしまった。
オリンピック連合は悩み、全く新たな種目を作り出した。技術ではなく能力を競い、全人類が楽しめる競技。
それがこの「睡眠」だ。
表彰を終えた俺は再び気を引き締める。このあとは一番の目玉種目、2時間睡眠リレーが待っているのだ。
俺は睡眠の日本代表。
ベッドの上で、今日も静かに戦い続ける。
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