ショートショート「グランドフィナーレ」

業者で黒い布を買った。流さ数十メートルの垂れ幕用の布。アホみたいに重い一巻きをトランクに放り込み、ヒーヒー言いながら部屋まで抱えあげた。

鉛筆で丁寧に下書きをした。大切な名前を一つ一つ。両親、兄弟、友達、彼氏。上司に恩師に知り合い。映画監督に脚本家、作家、ミュージシャン。書き尽したら今度はモノだ。好きな服。好きな靴。音楽、食べ物、交通機関。20日も続けたら布は一杯になった。

コーナンで白ペンキと筆を買って来て清書した。雨で滲まないよう油性を買ったから、ワンルームに塗料の匂いが充満した。書いては乾かし書いては乾かし、一月書けて完成させた。

吊下げ様の金具の向きを何度も確認して、文字列と逆さまに付けた。重り代わりにダンベルを括って、やっと完成。


会社を無断欠勤して、マンションの屋上に忍び込んだ。フェンスに金具を固定して、布を落とした。くるくるくるくるくるくる。私の努力の成果は見事に展開された。眼下の公園にいた親子連れやホームレスが振り返るのが見えた。風はない。しばらく裏返ることはないだろう。私はうなづくと、靴も脱がずに屋上から飛び降りた。

凄まじい速さで白い文字列が流れていく。私の人生を作ってくれた全てが。一度でいいから映画を撮りたかったな。こんなエンドロールの流れる映画を。

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