ショートショート「めったにないこと」

俺の耳たぶはごくたまに、尋常じゃなく、伸びる。

先月は腰くらいまで、「びよーん」と伸びてしまった。

まずいことに、商談中だった。

取引先は椅子から転げ落ち、珈琲を持ってきたウエイトレスは失神した。

神がかり的な言い訳でごまかしたが、最後まで変な目で見られ続けた。

めったにないことだが、耳を引っ張るのが癖になってしまっているので、いつ「びよーん」が来るのか分からない。ほとほと困っていた。



深夜コンビニから帰る途中、「びよーん」が来た。

勢いがつきすぎて、膝くらいまで伸びた。

慌ててあたりを見回すと、最悪なことに背後に女性が居た。

スウェット姿で目を丸くし、今にも叫び声を上げる瞬間だった。



「がちーん」、と音がした。

彼女の下あごが伸びて、アスファルトにぶち当たった音だった。

僕は失礼ながら絶叫した。

女性は慌てて首を振り、巻尺みたいにするすると顎を戻した。

両手でゴキッと骨をはめると、神がかり的に喋りだした。



「違うんです!妖怪じゃないです!私あの顎外れるの癖なんですよ!たまに伸びてがちーんってなるんです!こんなこと、めったにないことなの!」



それでまあ、いっしょに帰ったのがきっかけだったんだな。

これがお前のパパとママの馴れ初めだよ、伸男。

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