ショートショート「エコロケーション」

 私が殺人罪で捕まるはずがありません。

 私が殺そうとした牧田課長は、人ではありませんから。


 もっと早く課長の正体に気が付くべきでした。

 そうすれば課長の陰謀にも気が付いて、私も無駄に心を壊したりしなかったでしょう。

 おかしな点は多々あったのです。

 敏速すぎる反応…人の目を見ない話し方……備品の配置への異常なこだわり……。 そして何より、あの咳払いです。

 一年を通して鳴りやまない、あの耳障りな咳払い。

 真正面の席にいた私は集中力を乱され、まともに仕事ができませんでした。 いつの間にか職場では阻害されていました。「使えない女」だって。 そして牧田課長に叱責されるのです。全ての元凶である課長に。

 気が狂いそうでした。いや実際、狂ったことにされました。

 職場に行けなくなって、様々な病院を回り、幾多の治療を受けました。



 天啓が訪れたのはイルカセラピーの会場でした。

 あんな海獣に癒されたわけではありません。講習中に聞いたイルカの生理機能のことです。 それは「反響定位」という言葉でした。

 イルカは鼻先に超音波を放つ機関を備えているそうです。

 自らが出す音をソナーとして利用して、障害物の位置を割り出し、仲間との距離を測るのです。



 自らが出す音を、ソナーとして利用する。

 この一文が私にすべてを教えてくれました。

 つまり牧田課長は、咳払いを延々とし続け、その音を反響させて、物体を捕捉していた訳です。

 そんな機能は人間にはありません。つまり課長は、人間ではないんです。



 どんな理由にせよ人間のフリをしているなんて、ロクな存在ではありません。

 課長の正体を知っているのは私だけです。私が倒さなければいけないんです。

 私は急いで職場に復帰しました。治ったフリは簡単でした。先生の前で失礼ですかね。

 そして人知れず、課長に攻撃を仕掛けたんです。

 毎日配るお茶に、毒なんか盛ってはいません、少しずつ漢方を混ぜていったんですよ。

 強力な咳止め効果のあるやつをね。



 効果はてきめんでした。課長は徐々に落ち着きを失くし、ミスが目立つようになりました。

 挙句の果てが、三日前のあの転落事故です。

 課長は身を投げたのではありません。私が開けた窓の位置が、わからなくなったんです。



 私の自白は以上です。ねえ先生、私を逮捕できますか?

 主治医だった先生なら、私がまったく正常であることもご存じでしょう。

 どうして目を合わせてくれないんですか。力を合わせて悪と戦いましょうよ。

 危険?私がですか?機能不全って何の機能がですか?

 ねえ先生、ボールペンをカチカチ言わせるのをやめてください、耳障りですよさっきから。



 特定の、音を、一定期間で、ずっと、こっちを見ないで、ずっと。

 まさか、先生も?

 いや、ひょっとして、全人類が、とっくの昔から、反響定位を?

 使えないの、私、だけ?

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