ショートショート「ロンダリング」

 カーラジオから失礼します。

 私、先ほど、あなたの車に撥ねられたものです。


 切らないで!どうかスイッチを切らないで下さい。

 あなたに話しかけるタイミングをずっと待っていたのですよ。

 走行中に驚かせて、また事故を起こさせたくなかったので。

 

 なぜ!と聞きたいのは私のほうです。

 強い衝撃を感じ、意識を失って、エンジン音で目覚めました。

 そして、私は自分の意志に関わらず、走り出したんです。

 路上に倒れた人影、つまり本来の私の姿がぐんぐん遠ざかっていきました。

 そこではじめて私は、自分が一台の自動車になっていることに気づいたんです。


 ここまでのドライブで、私、とにかく混乱しておりました。

 人間でいう両手両足が、猛烈に回転しながらコンクリートを擦り続ける。

 実際のところ、タイヤのおかげで痛みはありません。

 でも、つい人体に置き換えて考えてしまって。

 とにかく速度が尋常じゃないし。顔の横と尻が強烈な光を放っているし。

 何より、胴体を開閉して、自分の中に他人が入ってくる感覚。

 つくづく実感しました。

 自動車は乗るもので、なるものではありませんね。


 化けて出た?うーん、それは違うと思います。

 いや、まあ聞いて下さい。あなたは漫画を読みますか。

 古い子供向けSFで、よくあるでしょう。二人の人間がぶつかって、中身が入れ替わっちゃう。 あれです。私、あなたの車と入れ替わっちゃったんですよ。


 どうか落ち着いて下さい。

 やっと、力の入れ方が分かってきました。開閉機能をロックできるくらいには。

 祟り殺す?滅相もない。だから幽霊じゃありませんってば。

 このまま私を運転して、事故現場へ戻ってもらいたいんです。

 そこにまだ、私が倒れているでしょうから。

 もう一度、できれば軽く、ぶつかっていただけませんか。 


 おそらくあなたが撥ねた姿のまま、路上にいるはずです。

 私に乗り移った、あなたの愛車。

 誰か乗らないと走れないし、誰も乗らないでしょうから。

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