ショートショート「ツリーモデル」
死んでやると叫んだ僕に、父さんが差し出したのは巨大な模造紙だった。
模造紙の上に父さんは、鉛筆で小さな点を打った。
「いいか、この点から線を二本伸ばす」
怒りと当惑で黙り込む僕を前に、父さんは言葉通り作業を進めた。
「二本の線の先に点を打つ。これで合計三個」
「……なんの話だよ?」
「ひとつの点から線二本だ。このルールで千個、点を書け」
「あぁ!?意味わかんない、それが罰かよ!?」
「罰でいい。お前がそう思うなら」
父さんはそれだけいうと、部屋から出て行った。
許してもらう方法は一つしかない。意を決して、僕は鉛筆を手に取った。
父さんが戻ってくる直前に、課題は達成できた。
紙の中に収まらず、何度も書き直して完成した図形。
夥しい本数の線が、父さんが打った一つの点に集約されている。
僕は謝った。
「……死ぬとか言って、ごめんなさい」
「どうしてそう思った」
父さんの問いかけへの答えとして、僕は図形の頂点を指した。
一つの点。この図形のはじまり。
「これが、僕だ」
点から指を滑らせる。延びるV字の先、遠く離れた二つの点を指差す。
「この先にいるのが、父さんと母さん。その先にいるのがお爺さんとお婆さん。その先にも。その先にも。ずっと続いている。僕に至るまでに」
書いて消して真っ黒くなった指先。それだけの線が一つの点に集約されている。
「点の一つ一つが僕のご先祖様だ。たくさんの人生が交わって僕が生まれた。自ら命を絶つってことは、そこまでの歴史を否定するってことだ。僕は人生の尊さを理解できていなかった」
僕はもう一度、深々と頭を下げた。
「軽々しく死ぬとか言って、ごめんなさい」
「人生の尊さ、か。よく気づいたな」
父さんは落ち着いた声色で、静かに答えた。
「だがな、もう遅いんだ。お前は間違った」
「その通り。この点はお前だ。そこからが勘違いだ」
「その線の先にいるのは俺ではなく、お前だ」
「そこから伸びる線の先にある点も、その先の線にある点もお前だ」
「要するに、この紙の上に打たれた点は全てお前だ」
「聞き返すな黙れ。今から全て説明する」
「生きることは本当に難しい。Aを選べばBを選ぶことができない」
「さらに言うなら幼少期は自力で選択すらできない。どれだけポテンシャルを秘めた子供でも養育者の選択次第で人生が左右されてしまうんだ。酷い話だよな」
「責任責任責任と喧しくなった結果、もう誰も子供を産まなくなった」
「事態を憂慮した政府が作ったのがこの施設だ」
「ここでは遺伝子を培養し人間のクローンを大量に生産している」
「なぜ?対照実験のためだよ」
「全く同一の環境で二体のクローンを育て、ある時点で分岐点を与える」
「その後、能力を比較して、優れたほうを残し、劣ったほうを処分する」
「途方もない数の取捨選択を繰り返せば、最終的に最適解を得られるはずだ」
「すなわち、理想の人間の育て方、聖人君子に到達するルートがな」
「俺は、いや、俺たちはこの作業を延々と続けている」
「お前はここまで理想的に育っていたが、自ら死を望む発言をした」
「理想の人間は勿論、自殺など考えない。どこかで選択肢を誤ったんだ」
「お前は、失敗作だ」
ノックの音がして、部屋に僕と瓜二つの少年が入ってきた。
「紹介しよう。口答えもしないし死も望まない、正解パターンのお前だ」
「…なんで」僕は掠れた声を絞り出した。
「じゃあ、なんで、こんな図を書かせたんだよ」
「間違ったやつ全員に書かせてるさ」父さんは笑いながら言った。
「人生の最期に、俺たちの苦労を思い知ってほしいからな」
父さんに促され、僕そっくりの少年が、拳銃を取り出した。
曇りのない目が銃眼越しに僕の眉間に狙いを定めている。
「やれ」
父さんの命令に元気よく返事をする僕そっくりの声。
ああ、良い子だな。やっぱりこいつが正解なんだな。
やっと理解できた僕の頭を、銃弾は綺麗に貫通していった。
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