ショートショート「暗視スコープ」

 化け物が街中を埋め尽くしている。

 牙を剥く猛獣。数多ある口で嘲笑する女。汚水を滴らせる腐肉の塊。

 魑魅魍魎の群れに声も出ない私めがけ、化け物の腕が延びてくる。

 人型の黒い霧。頭と思しき位置に輝く巨大な赤い赤い赤い目玉。


「だから、やめとけって言ったのに」


 絶叫する私から眼鏡を取り返して、彼は笑っていた。

 レンズ越しに見える地獄絵図が、自分の元へ戻ったことを笑っていた。


「この眼鏡、人の嫌な部分が見えるんだ。慣れると結構面白いんだよ」


 椅子から転げ落ちた私に、彼が手を伸ばす。

 優しく差し伸べられた手を、私は掴むことができない。


 初めて会ったときから、あの眼鏡を外した彼を、見たことが無かった。


 彼が微笑んでいる。

 おそらく心底彼好みの、化け物に見えている私に。

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