ショートショート「ギミーシェルター」

「お願いします!どうか母を助けて下さい!」


 

 男性の悲痛な声が、店内に響きわたりました。

 響き渡った、といっても、ここは私が受け継いだ、小さな電気店です。

 いるのは店長の私と、私が向き合っている今にも泣きそうな男性だけ。

 つまり、私はどうしても、この男性に対処しなければならないのです。

 自分の浮かべた営業スマイルが、引きつっていくのを感じました。

 男性は滂沱と涙を流しながら、机の上を指し示しています。

 そこに置かれているのは、一台の古ぼけたエアコンです。



「……確認しますが」私の声は裏返っていました。「こちらがあなたの、お母様ですか」

「何度も言っているでしょう!私の母です!」

 男性は真摯なまなざしで、きっぱりと断定しました。

「いくつもの病院を回りましたが、どのお医者様にも断られました」

 それはそうでしょう。  

「病院から見れば、ただの一人の患者かもしれない。

 でも私にとっては、たった一人の大切な母親なんです。

 そんな簡単なことを、どうして誰も分かってくれないんでしょうか」

 あなたもどうして、わかってくれないんでしょうか。

「どんなに偉い先生も、黙って首を振るばかり。まるで、扇風機ですよ」

 扇風機は扇風機なんですね!?よかった、父親とか言われたらどうしようかと。

「それどころかなぜか、私を入院させようとするんです!」

 最終局面ですね。なぜ脱出できたんでしょうか。

「途方にくれる私に、病院の方が紹介してくれたのがあなたでした。

 お願いです!母を救ってやってください!」


 

 昨日、知り合いの町医者が急に訪問してきたのです。

 理由は聞かないでほしい、とにかく助けてくれ、と菓子折りを突き出されました。

 深々と腰を折ったその姿が、今、目の前で頭を下げる男性とオーバーラップします。

 どうやら全ての決着は、電気店の息子の私に委ねられたようです。



「大変申し訳ございません。あなたのお母さまを治すことはできません」

 硬直した男性に向かい、私は淡々と続けます。

「なぜならあなたが持ち込んだのは、お母様ではないからです」

 男性の顔が蒼白になり、小刻みに震えはじめました。

 いまにも激昂する、その瞬間をとらえて、私は決定打を放ちました。

「いいですか、こちらのエアコン、製造されたのは十五年前なんです。

 あなた、おいくつですか。少なくとも二十代以上ですよね。

 このエアコンは、あなたのお母さんではありません。計算が合わないんですよ」



 男性はそこから、二時間泣きじゃくりました。

 とんだ営業妨害です。もっとも、来客はまったくなかったのですが。

 有効な広告宣伝に思いを馳せているうち、男性はやっと泣き止み、小さな声で言いました。

「たとえ母でないとしても、私にとっては大切なエアコンなんです」と。

 私は微笑み、修理を引き受けました。当然です。電気屋なのですから。



 男性が帰った後、私はさっそく作業に取り掛かります。

 私の体内中の棚をうねらせ、必要なパーツを選びます。

 母から受け継いだ数多の工具を、父親譲りの技術で操っていきます。

 首尾は上々です。男性の笑顔を思い浮かべながら、私は作業を続けます。



 父は人間、母は電気店。

 私は生まれついての、町の電気屋さんです。 

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