たいむとぅーきる

佐賀砂 有信

ショートショート「リーダビリティ」

 はい、それじゃあ新人研修をはじめますね。

 えー、まず初めに。ウチの部署は呪われています。


 

 意味を図りかねてるね。例えではなくそのまんまの意味です。

 私が入社する以前の話です。マスコミ業界を志望して入ってきた君たちなら当然知ってるだろうけど、大昔は報道規制なんて緩いもんでね。突撃取材や偏向報道が横行していました。

 ある無慈悲な事件があって、女の子が亡くなった。当時のデスクはどうしても、悲嘆にくれる母親のコメントを欲しがった。あるのとないのとでは売り上げが違う。記者は連日連夜、疲弊した母親のもとへ押しかけた。同情的な記者は誰もいない。怒りをあおろうと死体の写真を見せ、悲痛な叫びを聞くために管理不行き届きを責め、とにかく記事映えするコメントを取ろうとしたんです。

 事件の一か月後、母親は自ら命を絶ちました。その死に様はほとんど報道されなかった。あんなにスクープを欲しがっていたメディアが黙殺したんですよ。 なぜなら彼女の最期が、あまりにも異様だったから。

 彼女は、自分の血で書いた図形の上で死んでいました。魔法陣というやつです。自らの身を生贄に捧げて、わが編集部を呪ったんです。ご丁寧に呪いの解説を、遺書代わりに残してね。

 以来、われわれはずっと、死に至る呪いを受けています。

 もちろん、この職業を選んでしまった君たちも、例外ではありません。



 肝心の呪いの内容について説明しましょう。

 ウチの雑誌の記者は、寿命に制限をつけられています。

 簡単にいうと「自分が書いた文章を、他人が読んだ時間の総合計」だけしか、生きていられないんです。

 

 

 皆さんが書いた文章が記事に掲載され、100人の人間が30秒かけて読んだとしましょう。 そうすれば皆さんの寿命は3000秒、一時間弱だけ伸びる。 逆にいうと、読んでもらえる記事を書かなければあっという間に寿命が尽きます。

 ウチばっかりスクープが多いの不思議だったでしょう。

 本当に必死だからなんですよ。

 こんなに同期が多いの、不思議だったでしょう。

 どんどん人が減っていくからなんですよ。

 今すぐ退社しても無駄ですよ。

 一度入社してしまったら、呪いは消えません。

 無駄死にしたくなければ、他人に文章を読ませるしかないんです。



 茫然としてしまいましたね。大丈夫。皆様ならきっと大丈夫ですよ。

 スクープをモノにし続ければ、永遠に生きていられるんですから。

 下世話で煽情的で、とにかく目を引く大ニュース。なんなら誤報でいいんです。 それによって世間がどうなろうと知ったこっちゃありません。

  


 件の母親、賢いですよね。私たちを呪うことで世界を不幸にして。

 彼女が憎んだのは、スクープに踊る世界、そのものだったんでしょう。


 さて、ここからは座学の時間です。

 いかにスクープをものにするか、を、教材としてお渡しした書籍を参考に学んでいきましょう。

 文章はやや難解で量も多いですが、必ず読み通すように。

 著者は、私です。

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