ショートショート「キルスイッチ」

「まずは耳たぶを触ってみてください。

 今までより少し、分厚いですよね。

 いちど引っ張ってみましょう。ほら、何も聞こえなくなったでしょう。

 聴力のオンオフを司るスイッチを埋め込みました。集中して仕事をしたいとき、オフィスや街中の雑音に悩まされるとき、きっと役に立つはずです。 どうしました、バタバタして。ああ、何も聞こえてないんですね。


 次にまぶたを引っ張ってみてください。ええ、そのまま上にきゅっと。

 カチッと音がしましたか。停電ではありません。視力のスイッチです。

 耳と眼、両方をオフにすると、最高位の安眠が手に入りますよ。

 戻すときはもう一度引っ張ってもらえれば。そうそう、ふふ、まぶしいですか。


 足の付け根、強く押し込んでみてください。

 落ち着いて!外れただけですよ。

 両手両足を着脱式にしています。筋肉痛がひどいとき、外してください。 一日も置いておけば快適に働けますよ。丸洗いもできますし。

 決して両手両足、全て外してしまわないよう。

 それこそ、手も足も出ませんよ。


 こういうスイッチを、あと十数個、あなたに埋め込みました。

 ストレスの多いあなたも、随分と生きやすくなりますよ。

  あとでマニュアルをお渡しします。 不用意に、体のどこかを押したり引っ張ったり、つねったりしないようにね。

 誤作動を起こしたら大変ですから。あまり人に体を触らせないように。

 くれぐれも、ご注意くださいね」


 ここまで説明した妻は、本当に嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 浮気の制裁だとしてもあんまりな仕打ちじゃないか。

 そう叫びたいが、さっきから声が出せない。

 声帯のスイッチがどこにあるのか、妻はまだ教えてくれないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る