ショートショート「ヤなことそっと25」
『一生遊べるゲームを、君に教えよう。
不審なメッセージを破り捨てず、目を通してくれる君だけに。
お金をかけず、一人でできて、人生を楽しみ尽くせるゲームを教えよう。
まずは紙とペンを用意してもらえるかな。
パソコンが得意なら、表計算ソフトでもいい。
そこに「君の嫌なこと、辛いこと、気が滅入ること」を百個、書き出してくれ。
「1、 上司に叱られる」
「2、 夕立に遭う」
「3、 渋滞に巻き込まれる」……。
こんな具合にね。番号を振るのを忘れないこと。
面倒くさいことしたくないよ、と思うかもしれない。
でも書き出してみるだけでも、随分すっきりするもんだよ。
大音量で音楽を聴きながら一気にやるのがおススメだ。
思いつく限りのイヤなことを、75個、リストアップしてほしい。
できるだけ些細な、ありがちなことでいいんだ。理由はあとで分かると思うよ。
作業は終わった?お疲れ様。もうほとんど準備はオシマイだ。
あと一つだけ、必要な道具を買ってきてもらえるかな。
大した値段はしないはずだ。今日び百円ショップでも買えるものだよ。
5×5マスに数字を並べ、ミシン目に沿って穴を開けられる厚紙の束。
つまり、ビンゴカードだ。
ああ、買うのはカードだけでいいよ。本体は要らない。
君の人生そのものが、ビンゴマシーンになるんだから。
特別に僕からプレゼント。ビンゴカードを一袋、同封しておいたよ。
適当なカードを一枚選んだら、ゲームスタートだ。
例えば、上司に叱られた、としよう。
イヤな目に遭ったら、まずリストを見る。
さっきの例だと「上司に叱られること」は「1番」だったね。
そしたら次に、カードを見る。
1番があった?おめでとう!思いっきり穴を開けてやるんだ。
以上、繰り返し。
リストに載っている不幸が起こるたび、カードに穴を開ける。
どうだい、簡単だろ?
このゲームの良いところはたくさんある。
まず、一人でずっと、こっそり続けられるところだ。
結婚式の二次会みたいに競いあって、おっかなびっくり手を挙げる必要もない。
その代わり、めでたくビンゴになっても、誰からもプレゼントはない。当然だね。
だから、君は自分自身にお祝いをあげてほしい。
(缶ビールとかコンビニスイーツくらいの、ちょっと嬉しいモノがいい)
次に、応用がいくらでも効くこと。
とにかく百個並べれば、なんでもビンゴにできるんだ。
たとえば「部長が自慢話で言いそうなセリフ」をビンゴにしたら?
皆が聞き飽きた武勇伝に、プレイヤーは誰より真剣に耳を傾けるだろう。
調子にのった部長が張り切り出したら儲けもの。ダブルビンゴも狙える、って訳。
そして何より、イヤなことを少しだけ、楽しめるようになること。
小さなことで腹を立てたり悩んだりする人ほど、ビンゴが出やすい。
同じ番号が何回も出て、だんだん慣れてきて、イヤなことに抗体ができたら、その番号の内容を新しいイヤなことに入れ替えていくんだ。
そうすれば、自分が何をイヤだと思うのか、だんだんと分かってくる。
ビンゴカードが無くなる頃には、今よりずっと素敵な君になっているはずだよ。
人生というビンゴマシーンは、ずっと回り続けているんだ。
あとは君が、パーティーを楽しむだけだよ。
僕は楽しそうな君の笑顔を待っている。
さあ、準備はいいかい?
PS お誕生日、おめでとう』
手紙を読み終えた私は、しばらく考えて、手紙を裏返した。
ちょうどいい紙が手元になかったからだ。
一人きりのリビングで、私は音を立てて、ペンを走らせる。
「夫の許せないところ」
1 私を啓蒙しようとする。
2 都合が悪くなるとすぐ家を空ける。
3 記念日に使う費用を惜しむ。
4 センスの欠片もないキザッたらしいセリフを吐く。
5 『嫌』を『イヤ』と書く(若作りすんな、ハゲ!!!)………
際限なく筆は進んだ。
すぐにでもビンゴが出そうだった。
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