ショートショート「ハンドマジック」

私の握り拳を軽く撫で、彼は笑った。


「ほら、掌を開いてごらん」

 言われた通り開いたら、握りしめていたコインが消えていた。

 ほんのついさっきまで、確かに感触があったのに。



 あんなにビックリしたこと無かった。彼と付き合う前も後も。実は妻がいる、って知らされたときも、全然驚かなかった。予想できてたし。

 私は事ある毎にコイン消しをねだって、でも全然、トリックが解らなかった。思い余って尋ねても、彼ははぐらかすばかり。

「これは超能力なんだよ」

「タネなんかないんだよ」

 そう言って浮かべる彼の微笑は本当に奇術師みたいで、冗談なのか本気なのか区別が付かなくて、でも幸せだから、私は考えるのを止めてた。


 だから今、私には分からない。


 私の膨らみ始めたお腹を、ゆっくり撫でる彼が、何を考えているのか。

 優しい掌の下で、何を起こそうとしているのか。

 私には分からない。

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