ショートショート「第一次二次接近遭遇」
米国では俗に、「やおい同人誌」を「スラッシュ・フィクション」と呼ぶ。
なかなか格好いい響きだ。ちょっと使ってみたくなる。
しかし、実のところ「腐女子」という単語にも、似たような魅力がないか。
自虐のように見えつつも、デカダンなムードと集団性を匂わせる字面。
腐女子の増加の背景には、「腐女子」という単語自体の響きが影響していると筆者は考える。例えば政府がもっと屈辱的な蔑称を流布させれば、耽美本に嵌る女性は大幅に減るのではないだろうか?と、書いてみたものの、具体的には何も思いつかない。皆さん大喜利感覚で考えてみてください。
以上の推論は、以下の話には全く関係が無い。
一人の老いたスラッシャーがいた。お気に入りのジャパニメーションの男性キャラクター達を、妄想の中で存分に愛し合わせ、それを中の下以下の画力で漫画化し自費出版していた。本の売れ行きは、ほとんどの同人誌と同じように、芳しくはなかった。貴重な休みを使って意気揚々と乗り込んだ今日のイベントでも、彼女の最新作は見向きもされなかった。
彼女は溜息と共に、最新作の束を車から降ろした。此処までなら良くある風景。ただ、彼女には人と違ったところが二点あった。
人並みはずれてロマンチックなことが一点。
そしてもう一点は、敏腕の天文学者であることだ。
ラボで一人、彼女は今回の自信作を眺めている。題材は彼女がもう20年も描き続けているロボットアクションもの。技術者だけあってメカニックの描写はとても自費出版とは思えない出来映えだ。ただ、人物の描写がまずい。のっぺりと平面的で壁画のようだ。区別できない顔の男達が、様々な体位で睦みあっている。
ストーリー展開も実に月並み。詰め込まれすぎて薄っぺら、まるで打ち切られた漫画の最終回だ。彼女の作品のオチは毎回そうなのだけれど。
46pの力作をそっと机に置く。
彼女は立ち上がり、装置を起動させた。
宇宙探査の名目で、屋外に建設された巨大なパラボラアンテナ。
スキャンされ電波信号となった原稿データが、空へ向かって発信された。
彼女は新刊を出すたびに、この儀式を人知れず行っていた。自己顕示欲では無かった。彼女はアニメを、そのキャラクターを、心から愛していたのだ。彼らの魂に、画面の中と同じように、大宇宙を飛び回ってほしい。彼らが愛されて欲しい。そこに私がいなくても全く構わない。
彼女の愛で歪められたデータは、最新鋭の技術で大宇宙へ飛び立っていった。
侵略者たちを載せた宇宙船内は恐慌状態に陥っていた。
乗員はみな興奮に両目を赤く点滅させ、頭部に生えた触手を振り回している。
「どういうことだ!以前の調査と全く違う内容だぞ!」
「宇宙船を容易く落としています!恐ろしい機動力と破壊力です」
「報告書には無かったぞ!あの星は何時の間に斯様な軍備を進めたのだ!」
「せ、船長」
「どうした博士、怯えた声を出して」
「これらの描写は全て、どうやらこの生命体の生殖行動を表わしているのですが・・・・・・こ、ここに描写されているのは、間違いなく全て雄の個体です」
「莫迦な!依然訪れた際には間違いなく雌雄の差があった筈だ」
「お、おそらく環境が激変し、異常な進化を遂げたのでは」
「ぬぅ・・・・・・確かに信じられない科学の進歩だ。
しかし何故、このような信号を我らに送って来たのだ・・・・・・?」
「せ、船長!メッセージの最後にとんでもない文章が!」
「なんだと!読み上げてくれ!」
「『大宇宙での俺たちの戦いは、まだ、これからなんだぜ!』
・・・・・・これは宣戦布告です!!」
「わ、我らの星が危ない!総員に告ぐ!この星への侵略戦争は中止だ!」
宇宙船団は回れ右をして、眼下の青い星から遠ざかっていった。
こうして地球は、二次創作に救われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます