ショートショート「うだる夏」
徐々に徐々に風力発電所になっていく僕の妹は、左肩に生えたプロペラに寝返りを邪魔されて唸っている。でもこれしきでは、もう、起きない。梅雨明けから始まった異変に妹はもう慣れ切っている。身体の変化への不気味なほどの耐性、ああこいつも女なのだなあ、と妙な考えが浮かぶ。枕元のスパナを持ち上げしょぼつく目で妹の機構を分解する。スクリュー、タービン、変圧器。手触りは金属なのに生暖かい部品を力尽くで外す。足元に転がるナットの質感は爪のようでもあり鉄のようでもある。妹の赤くなった左耳から伸びるケーブルを断ち切り、僕は汗だくで布団に転がる。
もうじき夏休みが終わる。そしたら妹は、僕は、どうなるのだろう。うだる夏。電力不足の夏。生ぬるい風を求めて扇風機に近づいた。さっき妹から外したのと、瓜二つの羽が回っていた。このままだと狂ってしまうな、と僕は思った。
そうだ、兄に会いに行こう。
バスは拷問のようにのろのろと走る。対向車は一台もやってこなかった。 ガードレールと人工林が続く山道の果て、川岸にほど近い停留所で降りた。滔滔と流れる水を見る限り、今年は水不足の心配はなさそうだ。
上流に兄がいた。
完膚なきまでに水力発電所と化した僕の兄は、静かに電力を生み出していた。川幅いっぱいに引き伸ばされた寝顔はとても安らかで、それが許せなくて、退屈で美しい風景の中、僕はありったけの呪詛を吐き続けた。
兄が、ゆっくりと、動いた。
コンクリートに埋もれた目を、そしてとっくに水門と化した口を開いた。そこからあふれ出したのは、僕が期待した慰めの言葉ではなく、ただただ大量の水だった。きっと今生まれた電気が下流の村の扇風機を回している。誇らしげな兄の引き伸ばされた顔。怒涛に飲まれて僕の嗚咽は誰にも届かない。
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