ショートショート「酒場にて」

 勤め人でごった返す7月のビアガーデン。

 相席ですがと案内されたパラソルの下、彼女は一人で呑んでいた。

 黒いドレスに、大きくて赤い十字架のネックレス。

 初対面のはずなのに、何故か知った顔のように感じる。

「以前どこかで、お会いしませんでしたか?」

「あたしはあんたを知らないけど、あんたはあたしを知ってるでしょうね。 あたしはね、殺し屋ですよ」

 私は面食らった。殺し屋の知り合いなど居るはずも無い。

 とても信じられない。そう告げると、女は黙ってネックレスを握った。

 赤い十字架を軽く捻る。と、中から鋭く輝く刃が覗いた。

「毒が塗ってあるんだ」女は微笑む。「普通の男ならイチコロさ」

 仕留めそこなった標的を、長年、追っているのだという。

「冬が来る前にこの国を出る。しばらくあんたには会わないだろ」

 刺激的な酒の肴をいただいたお礼に、私は代金を立て替えてやった。



 カップルで溢れかえる12月のイタリアンバー。

 禁煙ですがと案内されたカウンターの端、彼は一人で呑んでいた。

 頑強な体躯だ。半袖のシャツから太い腕が伸びている。

 初対面のはずなのに、何故か知った顔のように感じる。

「以前どこかで、お会いしませんでしたか?」

「僕は貴方を知らないけれど、貴方は僕を知っているでしょう。

 僕はね、実はもう死んでるんですよ」

 私は当惑した。幽霊の知り合いなど居るはずも無い。

 冗談はよしてくれ。そう告げると、男は黙ってシャツを捲り上げた。

 男の厚い胸板。そこには、大きな穴が三つも貫通していた。

「もう血は出ないんです」男は嘆息する。「こんなに深く抉られたのに」

 完璧主義者の殺し屋に、長年、追われているのだという。

「夏が来る前にこの国を出ます。しばらくお会いできないでしょう」

 貴重なモノを見せて貰えた礼に、私は彼の酒代を支払った。



 どちらの日も、星がきれいだったことを覚えている。

 彼も彼女も、けっこう酔っていたんだろうな。

 7月の蠍座は、アンタレスをいつもより更に赤らめていた。

 12月のオリオン座の三ツ星は、気のせいか随分傾いていた。

 夏と冬の星座たちは永久に終わらない追跡劇を繰り広げている。

 そりゃあ偶には、呑みたくもなるだろうさ。

 

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