ショートショート「プラスティシティ」
言ってもわかって貰えないから話したくないんですけどね。先輩が好きとか嫌いではなく、無駄と思うから話さないんです。病んでも悩んでもない、面倒なだけ。
でもまあ、時間とってくれたんだし、一から説明しますよ。俺に何が見えてるか。
ストレスが溜まってたんです。兎に角。
わかってますよ。働いてれば皆シンドい思いはしてる。でも、何かしらで誤魔化してるでしょう。酒や運動や娯楽で。
俺は飲めない体質だしスポーツも苦手、人混みが苦手で頭も悪いときてる。ストレス解消のために何かやろうとすると、それがストレスになっちまうんです。
たぶん不良品なんですよ、脳が。
いつの間にか俺は人を殴るようになりました。現実ではなく駄目な脳の中でね。
腹立つことを言われたら、相手の顔に想像上のパンチを叩きこむんです。顔が歪んで腫れて、折れた歯が唇を切って、流れる血がシャツの襟を汚すところまで、きっちりイメージするんです。
画像編集アプリみたいなもんですよ。視界にフィルター被せて、嘘の暴力奮って、日々の鬱憤を晴らしてました。
そうやって暮らしてたらある日。
出社してきた部長が大怪我してました。
頭がべっこり凹んで、耳の千切れかけた傷口に歪んだメガネがぶら下がってて。
生きて歩いてるのも不思議な有様で。なのに職場の誰も無反応で。でも。
いちばん不思議だったのは、部長、俺が想像でボコッた通りに怪我してたんです。
さすがに聞きましたよ。
部長、痛くないんですか、って。
「なんだお前、頭大丈夫か?」って笑われました。いやお前だろ、頭蓋骨陥没してんだろ、って思ったけど言えませんでした。
怪我だらけの部長は翌朝も、血塗れのまま出社してきました。俺はその日、半休もらって、その足で病院行きました。
戻らなくなったんです。
想像上の暴力フィルターが、視界から外せなくなっちまったんですよ。
一回ケガさせた人が、ずーっと怪我してるように見えちまう。現実の怪我だったら治りますけど、元から無い傷だからいつまでも酷いまんまです。そのザマで笑ったりメシ喰ったりするもんだから、あまりの気持ち悪さに、つい想像上の手がでちゃう。俺にしか見えない怪我が増える、その繰り返しです。ノイローゼでしたよ。本当に。
今はまあ、だいぶ落ち着きました。
周りに怪我人がいなくなったから。
病院通いが効いたわけじゃないんです。
頭の中で暴力振るい続けて、よく会う人たち皆、原型無くなっちゃったんです。
部長なんかもう、動くスーツにしか見えません。ぼろぼろのスーツの中に人体の残額が詰まってて、動くたんびに乾いた血とか生肉の欠片が零れ落ちる、そういう風に見えてます。
だからもう職場では、対人関係で悩むことないんですよ。人がいねえから。生肉の山の上をアテレコの音声が飛び交ってる、それだけの場所なんです、俺にとっては。
最近はできるだけ人の顔を潰すようにしてて。いや慣用句じゃなく想像上でね。そうすれば緊張しなくて済むじゃないですか。人だと思えなくなるから。
嘘はついてませんよ。
ほら理解できないでしょ?だから嫌なんです説明。なんで嘘だと思うんですか。
......いや、だからね先輩。俺は言われた通りにしてますよ。ちゃんと先輩の目を見て話してます。
ただ、俺の視界では、先輩の目玉、両方とも床に転がってるんですよ。
強く殴りすぎちゃったんです。きのう、頭の中で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます