ショートショート「はなびし」

喪服なんか着てくるんじゃなかった。みんな制服だった。

普段ならここぞとばかりにいじられるんだろう。

けど、誰も何も言わなかった。

俺らは黙って河川敷を進み、土手を上った。

天気は曇り。

振り返ると来た道は生ぬるい闇に飲まれて、ぼんやりとしか見えなかった。

係員も。ベッドも。山下も。



もうじき山下が夜空に打ち上る。



馬鹿で明るいやつだった。

入院したと聞いたときも笑ってしまった。どうせ食べ過ぎだろ、とか思っていた。

夜中に送られてきた長文のラインだって酷かった。

やたら硬い文章なのに、重複が何個もあった。コピーペースト丸わかりの文面。

でも、その内容は全く笑えなかった。



精密検査の結果、腹部に妙な影が見つかったこと。

調べたところ、パチンコ玉大の三尺玉が数発見つかったこと。

打ち上げ筒は体中に転移していること。

おそらく半年以内に花火大会が開催されてしまうこと。

明日から入院するので借りているCDがしばらく返せないことと、その謝罪。



病院では面会謝絶を喰らった。

応対してくれた看護士さんは、妙な臭いがしたけど、優しかった。

そこまで酷い状態なのか、と青ざめる俺に丁寧な説明してくれた。

山下は地下の耐爆室ってとこにいるらしい。

地雷除去用の防護服を着ないと入れないんだ、って。

電話やスカイプはいくらでもやっていいから、色々話してあげてくれ。

逆に頭を提げられた。帰り道で気づいた。消毒薬じゃなく火薬の匂いだった。



連絡入れたら山下は本当に喜んだ。相変わらずハイテンションで面白かった。

とても、来年になったらいなくなるヤツだって、信じられなかった。

「このまま行くと夏に打ち上るみたい。タイミングばっちりでみんな喜ぶね」

画面の向こうで山下は笑った。俺も何とか笑顔を作れた。

「観に来てよな」

「ああ、みんな誘っていくよ」

「約束だぞ。雨天決行だから」

「いやいや」

 延ばせるくらいなら開催すんな。お前が花火になるとこなんて見たくないよ。

 言葉にはできなかった。のどに詰まって、変な咳が出た。



ひゅうううう。

甲高い音で俺は我に返った。

ああ、と誰かが悲鳴を上げた一瞬後、夜空に巨大な花火が広がった。

次々に色とりどりの花火が炸裂するたび、周りの連中の顔が照らされる。

泣いてるクラスの女子。涙をぬぐう山下のお父さん。

一人ひとりの顔を輝かせるように、何発も、何発も花火が上がった。

最後に広がったのは、ものすごいスターマイン。

あたり一面が明るくなった。全員が思わず、溜息をついていた。

「あの子らしいね」

誰かが呟いて、全てが終わった。



河原をライトで照らしながら、葬儀屋がお骨を拾い集めている。

俺たちも火箸と懐中電灯を借りた。

スマホのライトで地面を照らしながら、クラスの女子はまだ泣いていた。

「山下ちゃん、もういないんだね」

「そうだねえ。こういうの、いちばん楽しみそうなのに……あ!」

背後から小さな悲鳴が聞こえ、振り返ると女子二人が空を指している。


夜空をゆっくりと、パラシュートが下降してきた。


あいつ、好きだったな、こういうの。

パラシュートには小さな封筒がぶら下がっていた。

出てきたのは、貸しっぱなしだったCDと、手紙。

火薬の臭いが鼻に刺さって、涙が出て、そのまま止まらなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る