ショートショート「読み解き」

『渦巻く河川からの奇襲攻撃を、帝国軍は想定すらしなかっただろう。

 混乱した連中に、我々は縦横から、飢えた虎のように襲い掛かった。

 閃光と轟音が辺りを戦場に変える。

 瓦解し、遁走する師団の残党を、個別に囲んで撃破してゆく』



 漫画タッチのイラストが表紙を飾る、ありふれた通俗小説だ。

 『縦』の字の上に、べったり血染めの指紋が押されている以外は。



「姉はそのページを指差して倒れていました」

 発見時の様子を思い出したのか、依頼人が唇を噛み締める。

「すぐに病院に運ばれ、命は取り留めましたが、意識不明の重態です」

「警察は?」古本探偵は血染めのページから目を上げずに尋ねた。

「物取りと怨恨、両方の線を探っているようです」

「でも、貴方は怨恨だと思ってらっしゃる」

「姉はとにかく敵を作りやすかったから」依頼人は即答する。「特に恨みを買っていたのがこの3人です。このなかの誰かがきっと犯人なんです」

「この指紋は、お姉さんのダイイング…… 失礼、メッセージであると、そうおっしゃるんですね」

 頷く依頼人。読書探偵は差し出されたメモに目を落す。




1、松田勲

姉の客。「立本工務店(たてもとこうむてん)」社長。

2、星居佳代

姉の勤務先のキャバクラのママ。熱烈な阪神ファン=タテ縞?

3、盾野康二

姉の元彼。姉にしつこく復縁を迫っていた。盾=タテ=縦?




「なるほど」古本探偵は頷く。「全員タテと関りがある、と」

「ええ……姉は誰を示したんでしょう?

 ほんとにもう、いつも頭の廻りというか、要領が悪いんですよ。

 何もこんな、全員に係わりのある単語を指差さなくたって」

「あなたは二つ考え違いをしてますね」

 出し抜けな指摘に目を丸くする依頼人。古本探偵は続ける。

「まず、お姉様は割と聡明だ。少なくとも、国語に関しては。

 そして、だからこそお姉様は、犯人だけを示すヒントを出せたんです」



「重要なのは指されなかった文字です。ご覧下さい。

『轟音』の『音』に『立』の字が、『遁走』の『遁』に『盾』の字が含まれているんです。 だが、この2文字は指されていない。」

 依頼人がはっとした表情で、文章を眺め回す。

「で、でも『虎』だって指されてません!」

「ええ、ですから『タテ』ではありません。読み方が違うんですよ」

 傍らにおいてあった辞書を高速で捲り、古本探偵は答えを示す。



ほしいまま【縦・恣】やりたいままにふるまうこと



「ほしいまま、つまり、星井ママ、ですね」

 古本探偵は微笑する。「その本、こちらで処分しましょうか?」

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