ショートショート「ダブルインカム」

 人伝に訊いた怪異をあちこちに書き飛ばし、宛にも無碍にもできない程度の収入を得ている。小遣い稼ぎであり、作家を名乗るつもりはない。


 ガードレールに花を供える女性に話しかけたのは、締切前の精神状態の為せる業だった。普段なら努めて無視するであろう薄汚れた装い、虚空をさまよう視線。そんな外見に反し、花束は悪趣味なまでに豪奢だった。不相応に鮮やかな彩りが私の目を惹いたのだ。


 女は虚空を見つめながら、あらましを語った。

 不幸な事故の犠牲となった、彼女の姉のことを。

 彼女の姉が如何に将来を嘱望され、また、周囲に愛されていたか。

 女は私の制止も無視し、辺り構わず喚き散らし悲嘆に呉れ続ける。

 とんでもない地雷だった。

 私は必死に電波女を御し、ほうほうの体で逃げ出した。



 身を隠すように角を曲がり、一息吐いた時だった。

「あの」

 顔を上げる。若い女が立っていた。

「あの人と話しましたね」

 咎めるような視線につい頷くと、女は堰を切ったように語り出した。


「あれは生きてる人間だけど、もう化け物になっちまった」

「事故で死んだのは、実際は、あの女の妹だ」

「あの女は自分が死んだことにして、道行く人に架空のエピソードを話続けている。そうして承認欲求を満たしている。架空の死んだ自分を悼ませ、喪に服す現実の自分を哀れませることによって」


 途中から私はメモ帳を取り出し、女の繰り言を記録していた。

 怪談の定義からは外れるものの、異常な話であるのは間違いない。

「ありがとうございます、詳しく教えていただいて」

 礼を述べる私をじっと見つめ、女は吐き捨てるように言った。

「詳しく、か。詳しいよ」


 事故に遭ったの私だから


 メモ帳から顔を上げたときには、女の姿はどこにも無かった。

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