ショートショート「ザッピング」

「最近のテレビCMはやたらと姦しい」

 博士は強く机を叩いた。

「中身はないクセに頭にこびりつく。実に厄介だ。そうは思わんかね」

「はあ、そうですかね」

 助手の気の抜けた返事を聞き流し、博士は机の上の小瓶を手にとった。

「そこで開発したのがこの、CMを飛ばす薬だ」

「機械じゃないんですか」

「簡単に説明すれば、一種の麻酔薬だ。服用する人間が無駄だと思う時間、その間の記憶を消してくれる作用がある」

「CMを見た記憶を飛ばす、ということですか」

「その通り。この薬には汎用性があるぞ。無駄話やルーチンワーク、単純なトレーニングの苦痛からも、人々を解放できるだろう」

「実際に服用したんですか」

「何を言う。この忙しいのに無駄な時間などあるものか。それに私はTVを見ない。動物実験のみだ」



 深夜の研究室。助手は薬瓶を手にとって、濁った瞳で凝視する。

 無駄の苦痛。時間を無駄にする苦痛。

 博士の元で延々と味わい、そしてこれからも味わうだろう苦痛だ。

 いつの間にか蓋は開けていた。助手は瓶の中身を一気に飲み干した。

 服用量を聞いていなかった、と、気づいたときには遅かった。



 かつて助手だった老人は、沢山の親族に囲まれ、息を引き取った。

「おじいちゃん、長生きだったわねえ」

「きっと幸せだったろうね、こんなに安らかな顔で、最期を迎えられて」



 安らかな筈だ。彼は何も覚えていないのだから。

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