ショートショート「迎合主義」

 よく言えば、素直で従順。

 悪く言えば、流されやすく言われるがまま。

 エフ氏はいつも人に合わせてばかりいた。

 釣り、パチンコ、競馬、キャバクラ。何に誘っても必ずOKする。気の弱そうな顔でニコニコしながら、最後まで付き合ってくれる。

 初めのうちは誘った側も気分がよい。色々と教えてやったり熱く語ってみたりする。だが、だんだんエフ氏の態度に興ざめしてくる。こちらの顔色を伺ってくるばかりで、付き合い甲斐がないのだ。

 だからエフ氏は嫌われてはいなかったけれど、少し馬鹿にされだした。エフ氏は別段怒りもせず、会社での態度も変えなかった。そのことでますます周囲は彼を馬鹿にした。

 あいつは腹の底まで、迎合主義が沁みついている、と。



 彼を襲った突然の不幸も、その性格に起因するものだった。

 経験の足りない誘導係の指示に従って、トラックに撥ねられたのだ。エフ氏は頭部を強打、脳挫傷を起こし、救急車の中で帰らぬ人となった。

 エフ氏はドナーカードを持っていた。生前、付き合いで作ったものだ。

 彼の遺体は、臓器、皮膚、血液のほぼ全てが移植に用いられた。

 数十件にも及ぶ手術、その全てで、拒絶反応は一切出なかった。


 

 エフ氏は、他人の腹の底にもあっさり迎合したのだった。

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