第8話 一雲質屋
「おい、誰かいるか?」
俺が声をかけると、中から一人の少女が出てきた。年は俺と同じか少し下くらいだろう。黒髪のツインテールがツリ目によく似合っている。リーナみたいに、目が覚めるような美人! ってわけじゃないが、なんとなくかわいげのあるというか、愛嬌のある顔立ちをしている子だ。『一雲』と書かれた緑色の前掛けをつけたその子が、俺のほうへ来る。
「そろそろ閉店の時間なのに……一体、なんの用なのよ?」
えらく不機嫌そうな顔をしているが、それでいいのか、おい。客に向かってその態度はないだろう。
それとも、こっちの国じゃその態度が通常なのか?
「そろそろってことはまだ営業してんだろ? じゃあ、客として俺が店内に入っても問題は無いな」
とはいえ、その程度で臆するような神経を持ち合わせている分けでもない。俺はそう言い放ち、中へ入る。店内は少し薄暗いが、たくさん物が置いてあることは分かる。
「冷やかしなら帰って欲しいのよ」
「――ここは盗品を扱ってるんだろ?」
俺がその少女をチラリと見ながら言うと、少女は眉をピクリと動かした。
その反応から、この店で間違いないと判断し、俺は話を続ける。
「売りたいもんがあってやってきた。見てもらえるか?」
返答を待たず、俺は持っていたドレスを見せる。
「結構な値打ちもんだと思うぜ?」
「さすがにその程度は見たら分かるのよ。……ばあちゃん!」
少女が後ろに向かって声をかける。すると、
「なんだい、クラウディア」
虚空から声が響いたと思うと、薄暗い部屋の中からスーッと老婆が現れた。優しげな眼をして、白髪を一つにくくっている。この人も同じような前掛けをつけているが、店長的な人だろうか。
って、いつからそこにいた!?
「お客さんなのよ」
平然とその少女――クラウディアというらしい――は返事をしているが……どうなってんだ。気配をまるで感じなかったぞ。
「おや、盗品を持ってきたのかい」
「あ、ああ。その通りだ。この服を持ってきた」
少し驚きつつも、俺は冷静をその動揺を取り繕い、老婆に向き直る。
「ほう……こりゃ、なかなかの値打ちもんだね。どこで手に入れたんだい?」
「ふん、自分の狩場を簡単に言いふらすバカがいるか。そんなことより、いくらで買い取る?」
「あー、まあ値段交渉をする前に、そこの扉のところで隠れているもう一人も中に入れたらどうだい?」
老婆がにやり、と笑い、俺の後方――リーナのほうを向いてそう言った。
「おいおい、何を――」
「というか、この気配の消し方からして、リーナだろ? さっさと入ってきたらどうだい」
――言っているんだ? と返そうとしたところで、老婆はさらにとんでもないことを言い放ちやがった。
(リーナがいることがばれている、だと……ッ!)
あのレベルの気配遮断を見破るだと!? どんな実力者だよこいつ!
マズイ、そう判断し、俺が後ろに跳び、逃げ出そうとしたところで――
「す、ストレイニーさん!?」
――ガラッと勢いよく扉を開けて、リーナが飛び込んできた。
「レイニー婆さんでいいといつも言ってるだろう?」
「そ、そんなわけにはいきません。ウィンサニー先生の奥様ともなれば、それ相応の礼儀を尽くさなければ……」
俺が言葉に詰まっていると、二人は勝手に会話を盛り上がっている。
「はっはっは。そもそもあのバカが先生とか師匠とか呼ばれているのがそもそも間違いなのさ。腕っ節しか取り柄が無いくせしてね」
「そ、そんな。先生は腕っ節だけが取り柄じゃ――ああいや、まあ確かにそんな面もありましたけど……あ、でも、実戦訓練はとてもよかったですよ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
呆然としていたが、さすがにそんなわけにもいかないので、会話に参加する。
「リーナ! そしてえっと……」
「ストレイニーだよ。レイニー婆さんと呼んどくれ」
「お、おう。そうか。じゃあ、レイニー婆さん。なに、あんたら知り合いなの!?」
俺が恐る恐る訊いてみると……リーナはキョトンとした表情になり、ごく当たり前と言った様子で返答してきた。
「え、そうですよ?」
マジかよ!
数分後、互いのことを説明し終わり、いったん状況を整理することにした。
「えーっと? つまりリーナのお師匠さんがレイニー婆さんの旦那さんで、リーナが修行というか、稽古を付けてもらっている時に二人は知り合った」
俺がリーナとレイニー婆さん、二人の顔を交互に見ると、同時に頷かれた。
「……んで? この店は泥棒から物を買い取り、持ち主に戻すことに重きを置いた裏国営店とでも言うべき店、と」
「概ね間違ってないね」
今度はレイニー婆さんとクラウディアが頷く。
俺はその様子を見た後、大きく息を吸い込み――
「なんでだよ!」
――と、盛大に突っ込む。
「つーかなんで裏国営店的な存在をお前が知らない!」
そもそもなんだその、裏国営店ってのは。まあ、国が裏でいろいろやってるのは何処も同様ってことか。
「ち、父が勝手にしていたようなので……」
リーナがおろおろしながらそう答える。いや、だからといって知らないのはマズイだろう。
「これはうちのバカ旦那とあのアホ王様が勝手に作ったもんだからね。利益度外視で、盗品は持ち主に帰る、盗人は懐が潤う、いいことずくめだ、と」
この婆さん、王様をアホ扱いかよ……
つーか、盗人の懐を潤わせてどうするんだ。
俺が尋ねると、レイニー婆さんはさらりと言った。
「まあ、この国なりの福祉ってやつさ。何処の世界でも、食いっぱぐれる奴はいる。そいつらは大概、盗賊だ。この店で買い取るのは、盗みだけをした奴の盗品のみ。もし殺しをしてたら……」
「してたら?」
「ま、こうなるさね」
キュッと、首をカッ切る動作をするレイニー婆さん。おお、恐い恐い。
ともあれ、そうなるとここ以外にもこの手の質屋はあることになるな。
「まあいい。なんにせよ、この人たちは信用できるってことでいいな?」
「はい」
俺がリーナに確認を取り、改めてレイニー婆さん達に向き直る。
「ゴホン。……さて、一応俺の自己紹介を。俺の名前はユーヤ。ユーヤ・ヤマガミだ。ライネル王国の住人じゃない、異国の人間だから、馴染みの無い名前かとは思うが、気にしないでくれ」
「ほう」
「で? そっちの女は?」
俺はもう一人の少女、クラウディアの方を見て声をかける。まあ、会話の流れで名前は分かってるが、一応本人からも聞いておいた方がいいだろう。
「あたし? クラウディア・ウェーンライトなのよ。分かるとは思うけど、ばあちゃんの孫なのよ」
簡単に自己紹介も済み、そろそろ本題に入ろうと一同を見渡し――たところで、リーナから先に口を開いた。
「あの……ストレイニーさん。私たちと一緒に戦っていただけますか? さっきも言ったとおり、今かなり大変なことになっていて……」
この婆さんは、リーナを見抜いたことといい、気配の消し方といい、確かに只者ではない感はある。味方としては申し分ないだろう。
とはいえ、そう簡単にいくかな?
「いや、それは出来ないね」
「な、何故ですか!」
あっさりと言われ、リーナが少し声を荒げる。
「おい、リーナ落ち着け。そんなもん当然……とまでは言えないが、まあ予想し得る答えだろう」
「そ、そんな、何故?」
「簡単な話だろ?」
レイニー婆さんの方をチラリと見る。
「まず、今回の戦いは機兵の戦いになる。いくら強いとはいえ、これ以上人間がいてもあまり変わらない。それに、万が一俺達が負けてみろ。この人だけじゃない。一族郎党――ウェーンライト家が無くなる恐れもあるんだぞ? そう簡単に協力できるわけ無いだろ」
「そ、それは……」
「まあ、それだけじゃないさ。単純に、アタシはこの店を開けるわけにはいかない。クラウディアだけだと不安だしね」
レイニー婆さんが申し訳なさそうに言うが、リーナはまだ納得していないようだった。
「く、国がかかってるのに……」
確かにそれはその通りなんだが……
「とはいえ、一緒に戦ってはあげられないが、少し協力することくらいなら出来るよ?」
「え?」
「といっても、その服を買い取るくらいのことだけどね」
レイニー婆さんが肩をすくめる。
でも、そこはあくまで通常の質屋の仕事の範囲だ。協力すると言うからには……
「さぞやいい値段で買ってくれるんだろうな。……それとも、盗品の中から使えそうなもんでも譲ってくれるのか?」
「ほう、よく分かってるじゃないか。クラウディア、案内してあげなさい」
「え!? あ、あそこに通すの?」
「それくらいならあのバカも許すだろうよ」
「なんだそりゃ」
「アタシはこの服を鑑定しておくね。なぁに、高級品だ。ここにある大体のモンが手に入るだろうさ」
そう言って、レイニー婆さんはモノクルをつけた。ルーペのようなモンなのかもしれない。
「……まあ、いいのよ。こっちについて来てなのよ」
そう言って、クラウディアが奥へと歩いていく。
慌ててそれを追いかけると、クラウディアは階段を下りて、地下へと向かっているようだった。
「今、必要なのはなんなのよ?」
「俺は武装。リーナは変装セットってところかな?」
リーナは素で戦えるらしいから、俺の特殊警棒を使わせる予定だしな。
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