第19話 悪夢

 なぜか、俺の力でそのままリーナに押し倒されるような体勢になってしまった。

 ……な、なにを言ってるかわかんねーと思うが、俺も何をされたかわからなかった。 

 とりあえず――余計状況が悪化したのだけは分かった。


「ユーヤ……」


 目の前に、リーナの顔がある。

 そして――こう、思わざるをえない。こんな時に不謹慎だけどな。

 綺麗だ、と。

 なぜか潤んだ瞳で見つめられているが、その瞳に吸い込まれてしまいそうだ……なんていうのは少し気取りすぎか。

 ともかく、俺はそのリーナの美貌のせいで、言葉に詰まってしまう。

 でも、何か答えなきゃならないんだろう。俺は巡りのよくない頭を回転させ――ひとつ、答えを出す。


「……俺は、リーナのことを、恩人と。そしてこんな俺がおこがましいが……大切な友人と、思っている」


 俺の言葉に、リーナは少し嬉しそうな……それでいて、悲しげな。そんな、珍妙な表情を浮かべた。


「…………そう、ですか」


「今はな」


「え?」


 まあ、この際だ。いろいろ言っておこう。


「俺は生まれてこの方、あんまり……というか、全然、友人に恵まれて無くてな。特に、異性の友人に、だ。いや同性なら少しはいたんだぞ? まあ、だからなのか……、俺は、どう接すればいいのかわかんないんだよ。リーナと。お前が必要以上に線を引いてるって言うなら、そうなのかもしれない。とはいえ、同じ寝台で寝るのはどうかと思うけどな。……そんなわけだから、今はよくわかんないんだ。リーナのことが。とりあえず今は、お前が俺の味方で、俺を嫌悪していない。そのくらいしかわからない。だから、今は俺はこう答えるしかない。……リーナのことを、恩人で大切な友人だと思っている。ってな」


 言い終わった瞬間、俺の上から覆いかぶさっていたリーナが、急に立ち上がった。

 そして今度はしっかりと微笑み、嬉しそうな表情をして、俺の横に座った。


「ありがとうございます。ユーヤ。私はその言葉を聞いて少し安心しました。さっきは少し大きな声を出して申し訳ありませんでした」


 そして、ぺこり。頭を下げてきた。


「じゃあ、今日は寝ましょう。ああ、もうどうせなら一緒に寝ましょう。この寝台は広いですから、二人で寝ても問題ないと思いますよ?」


 何故か多少ウキウキ顔のリーナ。やれやれ。


「そういうこっちゃ無いだろ。……でも、床は辛いな。じゃあ、そうさせてもらうか」


 俺はそうぼやいて、ベッドの上で横になる。リーナもこのまま寝てしまうようだ。

 って、だから王女が平民と同衾っていいの? ホントに、ダメでしょ、普通。

 けどまあ、床で寝るのは、確実に寝づらいしな……仕方が無い。


「……じゃあ、お休み。リーナ」


「おやすみなさい。よい夢を」


 隣にリーナの体温を感じながら、目を閉じる。

 いや、寝られるかよ。

 なんで今となりで女子が寝てんだ!?

 よく考えたら――いや、よく考えなくてもダメだろう!

 そう思ってリーナのほうを見たんだが……動くのは、やめた。今からごぞごぞしていたら、リーナを起こしてしまうかもしれないからな。

 この――幸せそうな、それでいて何か吹っ切れたような、そんな表情をしれているリーナを、起こすわけにはいかないだろう?





(ここ、は?)


 俺は気づくと、闇の中にいた。

 上下前後左右、全てが闇で――そして、俺と闇の輪郭も曖昧だ。手があるのか、足があるのか。声を出しているのか――そんな肉体の動きの全てが分からない。

 なんだ、ここは。


『ここは、死者の世界と生者の世界の狭間……』


 不意に、頭に言葉が響いた。

 なんだ? 何の声だ?


『ほう? 私の声をもう忘れたか。薄情だな。自分で命を奪っておいて』


 憎悪に満ちた、しかしこちらをせせら笑うような不快な声が俺の脳を蝕む。


『ほら、こうすれば分かるか?』


 ぼう……と、眼の前――いや、認識可能域の前とでも言おうか、ともかく……どこで感じているのかが一切分からないが、おぼろげに浮かび上がった人型を認識する。

 額に穴が穿たれ、血塗れの顔面をした男の――姿が。

 顔は醜悪な笑みで覆われ、手には銃を持ち、そして、目だけが妖しく光っている。

 ゾッとしないな。

 ここにきて、唐突にさっきの声を思い出した。暗殺者A――ラクサル、だったか? さっき、俺が殺したはずの、男だ。


「……俺に何の、用だ?」


 恐る恐る訊いてみるが、その答えは言葉ではなく行動で表された。

 ズドン。

 俺の頭を、何かが通り抜けた。いや、頭があるのか分からないが、ともかくそんな感覚が発生した。


「あ?」


『ふは、ふは、理解できないか? ちゃんと注意して感じるがいい』


 眼の前にいたあいつが、いつの間にか俺の額(?)を銃で撃ち抜いていた。


「あ、が、ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」


 言葉よりも雄弁に、その男の明確な意思が伝わってくる。

 こ、こいつは、俺を殺すつもりだ!


『ああ、いい声だ。ふは、ふはは、もっと聞かせてくれ』


「あ、ぐ、ああああああああああ!?!?!?!?」


 体が、動かない。

 いや、五感ははっきりしてるのに――一切の身体の感覚が無い。

 なん、だ? なんなん、だ?


『はは、はは。私はそんな痛みとともに、死んだ』


 リアルな――この上なくリアルな痛みが、俺に死を実感させる。

 こ、殺される!

 抵抗しようとするも、体が動かないんだから当然、何も出来ない。縛られているとか、そんな感じじゃ無い。自由に動かせないのに、意識や感覚だけ存在している。それだけだ。

 ただ、ただ、俺の体には激痛が走り続ける。


『どうだ? 痛いか? ふは、ふはは……。だがな、それでは肉体の痛みは与えられても、精神の痛みを与えることが出来ないのだ』


「い、今のコレで……充分、精神攻撃を受けていると思うが、な」


 息も絶え絶えになりながら、軽口を叩く。

 すると、


『だから、こういうものを用意した』


 ふっ、ふっ、ふっ、と、目の前に火の玉が浮かぶ。その数は全部で……十三。


『はははははははははは。あの世にいくのを渋ってみるもんだ。こんな愉快な光景に出会えた』


 この声……かすかに覚えている。あの時ゴリラに乗ってた、それなりに優秀な指揮官!


『なんだ? その態度は。俺を忘れたか? いや、そうか。生者は一々死者のことなど覚えておられんか』


 火の玉がそう言ったのが聞こえたかと思うと、突然俺の視界が切り替わった。

 なぜか、目の前に大きな剣を携えた――ゴリラが、いた。


『では、まず俺が殺された方法で』


 その言葉を合図に、ゴリラは剣を振り上げ――俺を、ぶった切った。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 肉体が引きちぎられる感覚、四肢が爆散する感覚、肌が灼ける感覚、肉片が体に突き刺さる感覚、そして……ひしゃげた何かに、押しつぶされる感覚。

 五感が、ありとあらゆる苦痛を俺に再現する。

 なんだ、なんなんだこれは!

 理解が追いつかない。状況を整理できない。

 それなのに、この拷問とも言うべき――いや、そのままずばり拷問なんだろう――状況は。一向に止まない。

 次から次へと、狂ったように嗤う火の玉が、俺に死ぬほどの痛みを与え続ける。


「も、もう止めてくれ……」


 何度目か分からない『死』を与えられ、俺はさすがに心が折れてしまった。


「もう、分かった。俺がお前にどれほどのことをしていたのか……だから、もう、止めてくれ……」


『ふは、ふはは君は、分かったと言ったか?』


「あ、ああ、それが……どうした?」


『ふは、ふははは。嘘をつくな。分かるわけ無いんだ。死の苦痛なんかじゃない。家族や恋人や友人――守るものを残して死んでしまう、自分への激しい怒りなんて、ふはははははははは。分かるわけが、ない』


「――っ!」


 確かに……そんなもの、分かるわけが無い。

 だって、俺はまだ死んでないんだから。


『ふはははははは。なんでこんなことを? とでも思っていたかい? 答えは単純。憂さ晴らしさ。もう私は生者には何も干渉できない。ただ、ただ、憂さを晴らすだけ。鬱憤を晴らすだけだ!』


 俺の心に、絶望的な言葉が進撃してくる。


『止める気なんてないさ。ふはははははははは。さぁ。あとどれだけの『死』が待っているかな。そして君はそれを耐えられるかな』


「がぁぁぁああああああああああああああ!!!!」


 また、『死』が俺を襲う。今度は、尋常じゃない衝撃波だ。


「はー、はー……」


『ははははは。君は、さっき、そう思っているな?』


 何を当たり前のことを――


『それは、大間違いだ』


 な、なんだと?


『君は今までゲーム感覚で――何機、壊してきた? 機兵を』


 そこまで言われて、ふと気づく。さっきの火の玉の数に。

 ……俺が倒してきた機兵の数と一致するじゃないか。


『何を驚いている。


「ち、ちが――」


『違わないんだよ。君は殺してきていたんだ、人を』


 その言葉の後、またも『死』が襲ってくる。

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