第20話 手紙

「ぎゃああああ!!!」


『ふはははははは。そもそも、君はこんなことをされても、懲りるような性質じゃないだろう?』


 火の玉の声が、遠くに聞こえる。……ダメだ、意識を保つことが難しい。


『君は今日と同じ状況に立たされたとしたら、また必ずおなじ判断をとる――すなわち、私を殺すだろう。合理的に、利己的に、その場の状況を天秤にかけ、そして必ず間違えない。君は、そういう人間だ』


 何かを言ってるが、俺にはなにも理解できない。

 だから、うわ言のように口から声が漏れる。


「止めてくれ……もう止めてくれ…… もうこんな思いは嫌だ。殺さない、だから助けてくれ 」


『君は、この歩みを止められない。この道を逸れることが出来ない。だから』


 再び、ひしゃげ、潰され、引き裂かれる。


『徹しろ。悪魔に』


「もう、殺さない! だから止めてくれ!!!」


 一瞬見えたような気がした俺の手は――血みどろだった。




 ガバッと身体を起こすと――日差しが俺たちの部屋に入り込んでくる。


「夢、か……?」


 現実だったら、あんな痛み、そうそうありえないだろう。夢だった、そうに違いない。


「おーい、リーナ。とりあえず着替えるか……」


 と、そこで隣を見てふと違和感を覚えた。


(リーナが――いない?)


 立ち上がり、隣の部屋を見てみるが、リーナはいない。それどころか、荷物すらない。

 嫌な、予感がする。

 俺はそれに従い、急いで支度をすませて、フロントへと駆ける。


「あのっ、すいません!」


 息を荒げながらフロントへ行くと、そこにいた若い女が、なにやら手紙を差し出してきた。


「ユーヤ・ヤマガミ様、ですよね?」


「あ、ああ」


「お手紙を預かっています」


 手紙……?


「いつ頃に預かりましたか? そして、誰からです?」


「一時間ほど前に、お連れ様からです」


 ――リーナから?


「分かりました、どうもありがとう」


 俺は女から手紙を受け取り、部屋へ戻りながらその中身を読む。尋常じゃ無く、嫌な予感がしながら。


「くっ、っとと、あー、なになに……? え~っと、『ユーヤへ……』」


 そして俺はその手紙を読み終わった瞬間、わき目も振らず宿屋の外へ飛び出した。





 数十分後――俺は行き場も無く、当ても無く、何も無いまま、荷物を持って道を歩いていた。


(くそっ――)


 もちろん、すぐにムサシを隠していた場所には向かった。しかし、そこは当然のごとくもぬけの殻で、自分の無能さを確認しただけになってしまった。


「リーナ……」


 こんなの夢だと思いたい。しかし、現実はそんなにも俺にやさしくない。それどころか、俺をつまはじきにしてるんじゃないかという錯覚に陥る。

 街の中を探すが、もちろんリーナどころか、銀髪の女すらいやしない。

 もうどれくらいの時間が経っただろうか。

 そう思って時計を見ると……二時間。かなり絶望的な時間が経っていた。旅先でこんなことになったら、日本人だったらもう迷わず通報するレベルだ。

 ぐぅ


「あ?」


 腹の虫の音だ。……そういえば朝から何も食べていなかったな。

 腹の虫が鳴ったので、俺はてきとうな店を見つけて、そこで焼きそば(?)のようなものを買い、歩きながら食べる。

 ガヤガヤと賑わっている道も、今の俺にはモノクロの風景にしか見えない。


(いや……違うな)


 だんだんと、分かってきているが……これも、そうなんだろう。

 昨日感じた感覚と同じだ。俺は、戻ってきている。

 この世界に来る前の俺――つまり、たった二日前の俺に。

 そして、さらに気づく。


(俺が……なにか、生き生きとしてたり、いろんなことを勘違いしたりできていたのは、全部リーナのおかげだったってことか)


 人のことを助けられると思っていた。

 まだ俺は必要とされると思っていた。

 俺にはまだ価値があると思っていた。

 俺の中で何か変わったと思っていた。

 でも、違った。俺は――異世界に来ても、シューヤのいない世界に来ても、母親のいない世界に来ても、腐った狂った世界から逃げ延びても、結局変わらず俺だった。

 世界のせいじゃなかった。シューヤのせいじゃなかった。

 俺が、何にも出来ない何も成せない何にも成れない哀れなヒトモドキって事実は――世界が変わったくらいじゃ何も変わらなかった。

 そんな頭の中お花畑みたいなことも、全部全部、リーナがいてくれたから考えられていた。

 互いに頼ったり頼られたり、笑ったり笑いあえたり――そんなことが出来る、生まれて初めて出来た仲間が、そばにいてくれたから。


「はは……」


 それも今日で終わり。俺には過ぎた生活、夢だったんだろう。


「でも、我ながらさすがに情けないな……」


 リーナに見限られただけで、こうも心を乱すとはな。ここまで、依存仕切っていたのか? 俺は。

 何度も、何度も読んだ手紙を、俺は再度開く。 


『ユーヤへ。

 貴方がこれを読んでいる時、私はもうムサシに乗って、城都へ向かっている頃でしょう。けれど、私には貴方に言わなければならないことがあるので、筆を執りました。

 巻き込んでしまって、ごめんなさい。そして、今まで助けてくれてありがとうございました。

 こんなこと言っても、許されるとは思いませんが、一つ言い訳をさせてください。

 私は最初、ユーヤと出会った時に、貴方が「異世界から来た」と言ったとき、よほど記憶が混乱しているんだと、少し頭が変な人なんだろう、と思いました。失礼な話ですよね。だから、私はあなたを守ろう、そしてこういう被害者のためにも必ず国を取り戻そう、そう誓いました。

 しかし……ユーヤと一緒にすごすうちに、だんだんと私は貴方に頼るようになってしまっていました。そう、人を殺したこともない、戦争になんて巻き込まれたことも無い、ユーヤを。

 本当に、私は馬鹿ですよね。ユーヤの過去に何があったのかは分かりませんでしたが、そんな血生臭い世界とは無縁で生きてきていたことはなんとなく察しがついたのに、それに気づいた後も……私は、貴方を頼りにしてしまっていて、そして、貴方と離れることが耐えられなくなってしまっていました。

 ユーヤ、貴方はとても優しい。それはもう、本当に優しい人です。しかし、それと同時に、ユーヤはとても強い。あなたの優しさに甘さを許さないほどに。その場の状況を天秤にかけ、何を優先すべきかを割り出し、それを確実に実行出来てしまうほどに。

 でも、それが辛くないはずは無いんです。人の命を奪うことが辛くないはずはないんです。

 なにより、私は貴方の優しさに甘え……まったく関係ない貴方を、国の戦いに巻き込んでしまいました。私とユーヤの間に報酬の類が発生しないだけで、私は傭兵を雇ったも同然です。今回クーデターを起こした者と同じ判断をしてしまっていたということでしょう。

 それは、ダメです。だから、ここでお別れです。

 もちろん、今生の別れという分けではありません。国を取り戻したあかつきには、ユーヤを実家に招待したいと思います。気に入ってもらえたら、嬉しいです。

 だから、国を取り戻すまでの間、待っていてください。

 私が、必ず貴方のような、心優しい人が戦わなくてすむ世の中を作ってみせますから。

 追伸:地図とお金は置いていきました。それを見て、ひとまず一雲質屋まで行って、身を隠してください。移動手段は、おそらく馬があると思うので、それを買うなりして手に入れてください』


 俺は頭があまりいい方じゃないから、真意までは読み取ることは出来ないが……


「要するに、昨日の俺の惨状を見られて……幻滅された、ってところだろ?」


 再び空を仰ぐ。まさか、リーナはまだ城都に着いてはいないだろうが、それも後数時間後にはリーナは城都へたどり着くだろう。

 そして――そこで、リーナは……


(くそっ!)


 考えるまいと思っていた、最悪のパターンが脳に浮かぶ。ムサシは――機体自体は――強い。たとえリーナの操縦技術でも、そうは負けまい。けど、万が一ということはある。数には勝てないかもしれない。アイツが負けるってのはすなわち――ムサシを奪われるってことだ。

 でも……もう、俺にはそれに対してなんのアクションも起こすことが出来ない。

 もう、見限られたんだから。

 もう、二度と……リーナの隣には立てないんだから。

 本当は、こんな手紙はグチャグチャにして捨ててしまいたかった。しかし、そんなことをすれば、もう二度とリーナと会えなくなってしまう気がして出来なかった。

 やることが無くなってしまった俺は……なぜか、昨日立ち寄った店に足を運んでいた。


「よう、アンちゃん不景気な顔してんな。駆け落ちの相手はどうした?」


 酔っているのか、顔が赤くなっているおっさんが話しかけてくる。

 昨日と変わらず、フードを目深に被っていて、表情の判別がつかないが……まあ、笑っているんだろう。


「駆け落ち?」


 ああ、そういえば俺とリーナはそんな設定にもしてたっけな。まあ、今さらもうどうでもいいが。


「別に、あんたにゃ関係の無いことだ」


「そうかい、にしちゃ辛そうな顔してんな。喧嘩でもしたかい?」


「だったら、よかったんだけどな……」


 俺は苦い顔をして、そう返す。

 そんな俺の様子を不審に思ったのか、おっさんが一転して真剣な声音で尋ねてくる。


「……なんかあったんだろ。俺でよければ聞くぜ? 一切関係ない奴に話を聞いてもらうだけでも、心は軽くなるもんさ。もちろん、本当にやばい事は話さなくていい」


 まだ出会って数十秒しか経っていないおっさんに、何故こんなことを話さなきゃなんないんだ……とは心の中で思いながらも、俺は少し話に脚色を加えて、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。

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