第21話 俺が欲しいもの

「昨日……あいつの親が、連れ戻しに来たんだ。三人、ボディガード……護衛を引き連れて」


「ほう、そりゃ豪気だな。つっても、この辺はそこまで治安が良いわけじゃないから当然か」


「で、まあ、当然喧嘩になるよな。俺は帰したくないし、向こうは連れ戻したいし。でも、俺がまだまだ未熟でさ……殺しちまったんだ、ボディガード、ああいや、護衛の一人を」


「……アンちゃん、強いな」


 なぜか、おっさんは若干引いたみたいだった。なんでだろう。


「弱いさ。殺さず無力化出来なかったんだから。それで、まあ、人殺しに娘を任せられるか! とか言われて。そんで、他のボディガードの奴らから……そいつにも、人生ってもんがあったことを聞かされて、人を殺すなんて、なんてことをしたんだろう俺は……って悩んでいたら……」


 我ながら支離滅裂だ。しかし、もうとまらない。なぜか、全部吐き出してしまいたい。


「朝、起きたら手紙が置いてあってな。もうこれ以上俺に迷惑をかけられない、とかなんとか言って、親のところに帰っちまった。まあ、俺が守りきれなかったのが悪いんだけどな。それでも……俺じゃ、支えになってやれなかったんだと思うと、なんか涙が出てきちまうぜ」


 実際は全然泣いていない……いや、泣くほど余裕がないってのが現実だが、俺は力なく、ぼそぼそと呟いた。


「やっぱ……人を殺したくらいで動揺するくらいじゃダメなんだろうな。もっと、俺が強ければ、そんなことで動揺なんてしないだろうし」


 おっさんは、最初のふざけた表情はどこへやら。真剣な面持ちで俺の話を聞いてくれている。

 そこで、ふと、ここが煙草を売る店だったことを思い出した。

 いろんな銘柄の煙草が売られている。この年になるまで(といってもまだ成人してないが)煙草はおろか酒すらやったことのない俺だが……まあ、こんな日くらいはいいかも、しれない。

 誰でも、少し冒険したくなる時もある。


「こんな湿っぽい話をしちまって、悪いな。詫びといったらなんだが、その煙草を一つ買おう。初めて吸うのにおススメとかあるか?」


 俺はさっきまでのぐちゃぐちゃの感情を押し殺し、なるべく笑みを作っておっさんに訊く。しかし、おっさんは苦い顔を作り、


「 昨日も言っただろ?  未成年には売れねえんだよ」


 と、肩をすくめた。

 未成年と言った覚えもないし、そもそもこの世界にも未成年という概念があったことが驚きだが……まあ、ならしょうがないか。


「ふっ、そりゃあそうだ。悪いな、無理言っちまって」


 俺はそれだけおっさんに伝えると、踵を返し立ち去ろうと――


「ほれ」


「っ?」


 ――したところで、何かを投げつけられた。

 なんだろうと思って手を広げて確認すると……それは、煙草の箱だった。


「売れねえから、俺のを分けてやる 」


「……話が分かるじゃねえの?」


 俺は笑い返し、その箱から煙草を一本取り出し、口にくわえる。

 ……あ、でも、火がない。

 俺が困ってくわえたままポケットを探したりしていると……おっさんが、今度はライターを投げ渡してきた。


「ん」


 そう言って、煙草を突き出してくるおっさん。どうやら、火をつけろってことらしいな。ったく、俺はホストじゃねえぞ? まあ、つけてやるが。


「ほらよ」 


「よし。……ま、煙草の火は美女につけてもらうって決めてるんだが、今日は特別だ」


「美女? おっさんには女どころかゴリラくらいがお似合いだぜ?」


「ああ? おい、んなこと言うならその煙草を返せ」


「嫌だね」


 俺はそう言い返すと、自分の煙草に火を着けた。

 そして、大きくその煙を吸い込み――


「ゲホッ、ゲホッ!」


 盛大に、むせた。 

 俺は涙目になりながら咳き込み……おっさんは、その光景を見て豪快に笑っていた。


「がっはっはっはっは! なんだ、アンちゃん、本当に初めて吸うんだな。じゃあ、とりあえず今日のところはふかすだけにしとけ」


「ゲホッゲホッ! あー……そーさせてもらう」


 くそ、やっぱ慣れないことはするもんじゃないな。こんなに煙たいもんだとは思っていなかった。こんなもんを嗜好品にするって……ホント、変な話だよな。

 非常に健康に悪い嗜好品をふかしながら……どうせなら、酒も飲んでやろうかという気持ちになる。毒を食らわば皿まで……とは、少し違うかもしれないが、自棄というかなんというか、すべてを忘れたい気分だからだ。

 分けてくれるとは思えないが、一応訊いてみよう。


「おっさん、煙草のついでだ。そっちの酒も一杯分けてくれないか? なんなら、今度こそ金も払っていい」


 俺はそう言って、おっさんの横にある酒瓶を掴むと……なんだ? 酒の匂いがしないぞ?

 不思議に思って怪訝な顔をしていると、おっさんがそれを一杯コップに注いでくれた。

 それを飲んでみると……


「ぶはっ、み、水じゃねえか」


 驚いて、それを吐き出しかけてしまう俺に、おっさんは急にマジトーンになって、


「――当たり前だろ。酒は戦闘に差し障る。真昼間から飲んでいいもんじゃねえよ」


 そんな講釈をたれてきた。

 そのくらいは知っていたが、なんでいきなりそんなことを言い出すんだ?

 それに、


「じゃあなんでそんなに顔が赤いんだ?」


 一目見たとき、完全に酔っ払いだと思ったぞ。

 俺が尋ねたら、おっさんは顔をごしごしと擦り、何かを落としている。


「頬紅だ。油断するだろ?」


 そう言ってニッと笑うおっさんの顔は……完全に、素面のそれになっていた。

 目も、鋭いモノに変わっている。


「……なるほど、確かに油断したぜ。おっさん、何に狙われてんだ?」


「黒い職業の人とか敵国の諜報機関とか……まあ、いろいろな」


 何やらかしたんだこのおっさん。マフィアとか……シューヤですら、あ、いや、あのゴミ兄貴、一回家にヤクザが来たことあったな。あの時、俺と親父とシューヤでヤクザ十人と大立ち回りしたのは忘れないぞ。


「アンちゃん、どうした遠い目なんかして?」


「いや、苦いことを思い出しただけだ」


「そ、そうか」


 まあ、シューヤのことはいい。

 俺は長く息を吐いて、意識を切り替える。


「まあ、おっさん、大変だな」


「武力政変に巻き込まれたアンちゃんには負けるぜ」


「――――ッ!?」


 ゾンッ! っと、目の前にいたおっさんから、尋常じゃないレベルの殺気が漏れる。

 俺も一気に身体を緊張させ、Σを抜こうと、歩幅をいつものスタンスに変える。


「なんの、話だ?」


「とぼけなくてもいいし、緊張する必要はないぞ? 訊きたいことがあるだけだからな」


「……そうか、でも、残念だったな。もう俺はその件には一切関係ない。完全に見放されたからな」


「なに?」


「さっき言っただろ? 一緒にいたあの女から、見限られたんだ。もう、会えないだろうよ」


 フッと、俺の肩から力が抜ける。なんだか、一瞬でも緊張した自分が馬鹿らしくなってきた。

 そう、俺はもう二度とムサシには乗れない。もう二度と――俺でいられる場所には戻れない。


「……俺からなんか聞き出そうってんなら、拷問でもなんでも勝手にしろ。まあ、なにも知らないし、何も話さないけどな」


「なーに言ってんだ。ガキかてめぇは」


「……十七だからな、まだガキだろうよ」


 俺が吐き捨てるように言うと、おっさんは「はぁ~」と深く、深くため息をつき、


「ったく、ホントにこいつにリーナのこと任せていいもんか怪しくなってきたぜ」


 とても小さい声で、何かを呟いた。


「聞こえなかったんだが……」


「あー、いい、いい。それはさておきな。お前、今なにがしたい?」


「?」


 俺が何を言っているか分からないという顔をすると、「だからよお」とおっさんは気だるげにぼやき、その直後鋭い目で俺のことを睨みつけた。


「その女から見捨てられたとか、今はもう俺にそんな資格なんてないとか……そんな夢見がちなガキみてえな台詞はどうでもいいんだよ。そんなもんどっかへやって、って訊いてんだよ」


「俺の、やりたいこと……」


「そうだ。話を聞いた感じからして……その女は、その女の都合と我侭で、お前から離れていったんだろ? だったら――お前も、わがままを押し通せばいいだけの話だ」


「あ……?」


「だから、今、お前が何がしたいかが重要なんだよ」


 その言葉が、ズンと俺の心に突き刺さる。

 俺のやりたいこと。

 虚飾や虚像や見栄やかっこつけなんかを放り投げて――俺が今やりたいこと。


「俺、は……?」


 リーナに恩返しがしたかった。

 こんな世界で、いきなり俺を助けてくれた礼として。

 でも――本当にそれだけか?

 確かに、だんだんとリーナのことを仲間だと思うようになっていた。だから、こうして見放された時に、ここまで動揺したんだ。

 だが……本当にそれだけだっただろうか。

 いや、むしろ、それが本当に一番の理由だっただろうか。

 ……違うな。もっと単純なことだと思う。

 そう、もっと純粋で、単純な――しかし、俺が欲しかったもの、いや、欲しいもの。

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