第22話 簡単なことだった

「くっ、ははははは」


「あん?」


 突然笑い出した俺に、怪訝な顔を向けるおっさん。

 俺はその笑いを苦笑いに変え、おっさんを見据える。


「くっくっ――少し、いや、かなり自分が滑稽に見えてな。つい、笑ってしまった」


 俺はそれだけ言うと、一拍置いて――おっさんの問いに答えることにする。


「俺は……リーナに、褒められたかった、認識して欲しかった、認められたかった――上辺の、ラベルだけで判断できる俺じゃなくて、俺自身、山上雄哉そのものを」


 そう、山上修哉の弟ではなく、劣等生山上雄哉でもなく。そんな、一目見ただけで、いや一目以上見る必要のない製品表示だけじゃなくて、もっと本質を知ってもらって理解して――もらいたかった。

 今度こそ、それが出来ると思ったんだ。

 と、そこまで考えたところで、ふと自分が何を言ったのか思い出して……なんか、恥ずかしくなってしまった。

 だから、慌てて言い訳を付け加える。


「そ、それと、あんな美人を辛そうな顔にさせやがった奴らを、許すわけにはいかないからな。美人は笑っててこそだ」


 俺のごまかしが通用したのか、それとも分かっててなのか、おっさんはケタケタ笑って、


「違えねえ。まあ、仏頂面でも美人は美人だが、やはり笑っている時が一番綺麗だからな」


 と言った。

 でも、そう考えて認めてしまうと……楽だ。

 俺はひとしきり笑ってから、もう一度シリアスな顔になって、おっさんに問いかける。


「でもよ、それでも……人を殺したってのが、怖いんだ。今の俺は、簡単に他人の人生を奪える……」


「ああ? なんだそんなこと」


 しかし、おっさんは俺のシリアスムードなんてなんのその、その豪快な顔で、俺の真剣な悩みを鼻で笑った。


「誰だって人を簡単に殺せるんだぜ? 包丁を持ってブスリとやれば終いだ。毒を盛ってもいいし、なんなら崖から突き落としてもいい。……なあ、お前は根本的に間違ってるだろ。殺せる力を持ってしまったことが怖いんじゃねえ。殺せてしまった自分の精神性が怖いだけだ」


「…………」


「お前の常識では……何時いかなる時も人は殺しちゃダメなんだろう。それは当たり前のことだが――お前はそれをしなかった。自分の目的のために人を殺せたんだ」


「も、目的のため、だと……?」


「そう。目的のため。だから、お前が取った行動は正しかったってことだ」


「な……っ!」


 俺は瞬間的に頭に血が上ったことを感じた。


「目的があれば、人を殺したっていいって言うのか!?」


「ああ? 何か間違えたことを言ったか?」


「そんなの、ただの傲慢だろう! 自己中心的な考えに基づいた自分勝手じゃないか! 目的は手段を正当かさせるなんて、馬鹿げてる!」


「何が悪いんだよ」


 感情に任せて怒鳴りつけるが、おっさんは何てことない様子で――しかも、一瞬凄まじい迫力のこもった瞳に見据えられ、身体が硬直してしまった。


「人間ってのは……自己中なもんだ。てめえが連れてた女も、自己満足のために、わがままで自分を犠牲にする道を選んだんだろう? だったら――」


 おっさんはそこでいったん言葉を区切った。


「お前も、そうしろ。いや、そうすべきだ。傲慢に、自分の理不尽を押し通せ。今まで、お前はそれを無意識にやっていたんだ。自分の行いで他者が傷つくかどうかには頓着せずにな。だから、そのままでいいだろう? 見たところ……お前はもう、そのわがままを押し通す力を持っている。その手に。その頭に。それは誰しもが持ちうるもんじゃあねえ」


「…………」


「 いいか、坊主。この世は理不尽で、どうしようもねえ。でもな? もしも、今どうしてもやりてえことがあるってんなら、迷うな。他の事に惑わされない覚悟を持て。やりたいことをやりぬくには、たとえあらゆることを犠牲にしてもそれを成し遂げて見せるっていう覚悟が必要なんだ。そのためにも、戦え。覚悟を決めろ。自分のわがままを押し通すために、相手のわがままを蹴散らしちまえ 」


 言葉の刃が、俺の心臓につきたてられたような気がした。

 俺は……何を馬鹿なことを考えていたんだろう。当たり前だろう? 自分の目的のために戦うことは。あんな夢を見て――なにか俺の感覚が狂っていたのか?

 こんな、こんな程度で悩むなんて。


(確かに、人を殺すのはよくない事だ。絶対にやってはいけないことだ。基本はな)


 でも、俺やリーナが死ぬのは、もっともっと、俺にとって許容できない事実だ。

 それをさせないためになら、たとえ悪魔にでもなろうとも、地獄へ堕とされようとも、俺はこの手を汚そう。


「……どっかの主人公が言っていた。『俺は何かを天秤にかけるくらいなら、その天秤ごともっていくことにしてるんだよ』ってな」


 目をまっすぐとおっさんに向け、俺は一語一語丁寧に紡いでいく。


「ただ、俺じゃあ弱すぎるから――そんな芸当は無理だ。でも、せめてその傾いた方を持っていけるくらいの強さならあるかも、しれない」


「今はそれでいいじゃねえか」


「ああ。いつか、その両方を持っていけるだけの――我侭を押し通せるだけの強さを手に入れてみせる」


 そう、全てを――戦わずして全てを守れるような、そんな力を、強さを。

 今は足りない、その力をこの手に、確実に手中に収めるために、


「俺は、もう一度戦う。もう追いつけないかもしれないが――それでも、リーナの隣にもう一度立って、戦う」


「よく言った」


 バン、とおっさんが俺の肩を叩き、笑顔を見せる。その姿に俺も少し笑いそうになった時、不意に風が吹いた。おっさんのフードが一瞬はためいて、ほんの少し髪が見えた。

 リーナによく似た、銀色の髪が。


「お、おっさん……?」


  

 ――知ってるか。この国で銀の髪を携えているのはなァ、王族だけなんだよ!――

  


「おっと……しまったな。まあ、お前にならいいか。秘密にしろよ?」


「くはっ、なるほど。オーケー、分かった。じゃあ、口止め料に何か『足』を用意してもらえないか?」


 俺は少し苦笑しながら、何とはなしにそう言ってみる。馬をどこで手に入れられるか教えてもらえるかもしれないし。

 まあ、馬なんて乗れるかは分からんが。


「……がっはっはっはっは。まあ、言われなくてもそのつもりだ。俺様のとっておきの『相棒』をやるよ。まったく……抜け目のない奴だ」


 え、あんの? こんな文無しみたいなおっさんが? ダメ元で言ったのに?

 目を丸くして、絶句していると、おっさんんは「着いて来い」と言って、勝手に歩き出した。

 慌ててそれを追いかけるが、おっさんは裏道に入ってズンズン進んでいってしまうので、結局俺は走りながら着いていくことになってしまう。


「お、おい、おっさん! どこまで行くんだよ!」


「こっちだ。……おい、この程度でばててんのか? 鍛え方が足りねーぞ?」


「あ?」


 若干いらっときた。つーか、さっきまで走り回ってなきゃ余裕だっつーの。


「この程度全然だな。それより、勢いが遅くないか? 俺は急がなきゃなんないんだぞ?」


「ああ? てめーのために勢いを落としてやってるんだろうが。もっと加速してやろうか?」


「上等だ」


 おっさんがグンとペースを上げ、俺はかなりダッシュして着いていく。


「や、やるじゃねえか……」


「おっさん、あんたもな……」


 そして数分後、俺たちはなにやら木造の倉庫のような場所についた。


「はぁっ、はぁっ……こ、ここ、に、馬でも……あ、あんのか?」


「ぜぇっ、ぜぇっ……ち、違ぇよ。もっと、はぁ、いいもんだ……」


 ……まあ、こんなに息を切らせるまで意地を張る必要は無かったような気もする。

 二人で呼吸が整うのを待って、そして大分落ち着いてきたころに、おっさんが中へと入って行った。


「で? 何があんだよ」


 俺が尋ねると、おっさんは……なにやら、こんもりと盛り上がった布(?)の前に立ち、その布を掴んだ。


「これを見ろ、ほら」


 声と同時に勢いよく舞い上がった布の下から出てきたのは、


「な、なん、だ、これ……スクーター、ああいや、自動二輪か?」


「おうよ。GR20だ」


 緑色で、大きさはピザ屋が乗るバイクくらいの、俺も向こうの世界でよく見ていたいわゆる、スクーターだった。

 だが――


「おい、これには車輪がついてないぞ? どうやって走るんだ」


「ああ? もちろん浮くんだよ」


「は?」


 このおっさんが何を言っているんだ? とうとう頭がイカレタのか?

 浮く? このスクーターがか?

 困惑する俺をよそに、おっさんが説明を始める。


「こいつは機兵と同じ動力で走るんだ。半永久機関だからすぐにでも動くぞ。こんな風に、な」


 おっさんがハンドルを軽くひねると、ふわり。本当に車体が持ち上がった。


「す、凄い……」


「だろ? 俺の宝物なんだ」


 まるで子供みたいな笑顔で、俺を見るおっさん。俺も似たような顔になっているに違いない。


「こんなSFチックなモンが存在するなんて……」 


 でも、よく考えたら巨大ロボットがあるような世界観だ。空飛ぶスクーターくらいあってもおかしくはないのかもしれない。

 そんな感慨にふけっていると、おっさんが何かを俺に差し出した。

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