第23話 涙

「? なんだ、それは」


 それは、一見、ただの鍵だった。けど、妙に紫がかっている。


「GR20の鍵だ。お前に託す」


「なっ、ほ、本当か? た、大切な物じゃないのか!?」


「いいんだ。誰かに使ってもらえるほうが、こいつにとっても本望だろう。それに、お前に遠慮している余裕があるのか?」


「……いや、無いな」


「じゃあ、とりあえず受け取ってろ。こいつは確実に役に立つぜ。なんせ、機兵よりも速いからな」


「何!?」


 ってことは、俺はリーナに追いつける!?

 今、リーナがどこまで走っているのかは皆目検討がつかないが……それでも、追いつく確率はグッと上るぞ、これで。


「それは……ホントに凄いじゃないか! ……いいのか? もう、二度と帰ってこないかもしれないぞ?」


「男に二言は無い」


「……分かった」


 俺は、まずとある弾丸をPIS50に装弾しておく。

 そして今渡されたキーをGR20に差込んで、エンジンをかける。


「操作は分かるか?」


「いや、さすがに分からん」


「――だろうな、これで分かったら、人間じゃねぇよ」


 おっさんはそう言いながらも、簡単に操作を説明してくれた。大体はスクーターとかと一緒だな。

 とても分かりやすい説明だったので――もう、不安は無い。


「よし、じゃあ……行くか」


 俺はサッとGR20に跨る。うーん、SFだなあ。 

 また感慨にふけっていると、不意におっさんが俺の耳に口を寄せてきた。


「――――」


 言われた言葉の意味が一瞬分からず、少し呆けるが……すぐに察して、「分かった、伝えよう」とだけおっさんに返す。

 そしておっさんから封筒を受け取り、懐にしまう。


「おい、無理はするなよ」


 スッと、目の前に拳が突き出されたので、


「分かってる。まあ、俺の無理と目的を比べたら……目的をとるけどな」


 こつん、とその拳に俺の拳をぶつけ、それに応える。


「位置は分かるのか?」


 目下、それが一番の問題だ。だが――目的地は分かるし、それに俺はある物を持っている。こんな時のために手に入れておいた、ある物を。


「まあ、なんとかなるさ」


「がっはっは。よぉし、頼もしい奴だ」


 ブォン、と音が鳴り、車体が浮く。

レースゲームは……三番目に得意だったジャンルだ。何も問題は無いさ。


「死ぬなよ」


「俺は死ぬのが嫌いだ」


 そしてアクセルを踏み込む。

 ――待ってろよ、リーナ!




 結論から言って、GR20の乗り心地は――最高の一言に尽きる。 

 しかも、尋常じゃなくスピードが出る。確かにこれはムサシよりも圧倒的に速い。

 ムサシは大体時速四十キロから五十キロくらいのイメージだったが、これはその3倍~4倍は出てる。いや、むしろ速すぎて怖いくらいだ。

 でも――追いつくまで、ブレーキは踏まない。踏めない。


「……まあ、道に人が飛び出してきたら普通にブレーキかけるだろうけどな」


 見ず知らずの人を撥ねるわけにもいかないし。

 グングンとスピードを上げ、俺はある物を確認する。


(まだか……? 地図の方向的にこの道を通っているはずなのに……)


 リーナが出発してからけっこうな時間が経っているから、なかなか追いつけないのも無理は無いが……気ばかりが焦る。

 ――俺が、街を出発して、三時間ほど経過した。直線距離で考えれば、城都まであと半分くらいのところまで来ている。

 目的の城都は、ムサシの足で十時間くらいの計算だったから、そろそろ追いついてもいいはずなんだが……


(まだなのか……?)


 肩を落とし、息を吐いて、折れそうになっている気持ちをリセットした瞬間、ピーと、気の抜けた音が鳴った。


「――きた!」


 俺は慌ててその音源をカバンから引っ張り出して、確認する。


「よし、よし……やっとか、待ちわびたぞ!」


 そこには――リーナに取り付けた(と言うと語弊があるが、まあ似たようなモノだ)発信機の、反応が表示されていた。


(ったく、やっと受信できる距離に入ったか)


 その表示を見ると……どうやら、当初想定していたコースを大幅に外れているようだった。


「……座標的に、ここから西に二キロ、南に一キロ……? 近いことには近いな」


 俺は即行で方向転換し、その発信機が示すところへ向う。


(つーか、反応が一向に動く気配がねぇな。戦闘でも始まってるのか? それとも……考えたくは無いが、この発信機を落としたか……?)


 戦闘だったらいいが、後者だったら最悪だ。もはや、俺がリーナを追いかける手段は閉ざされる。こんなところまで来て見失うとか冗談じゃねえぞ……

 俺は焦る気持ちを抑え、必死にGR20を走らせる。一刻も早く、リーナの元に着くために。


(何故見えてこないんだ? マジであれを落としたとか言わんだろうな……っと、あれは!)


 俺の口から、自然と笑みが漏れる。

 ――岩だらけで、谷のような道を走っていると思っていたら、急に開けた場所に出た。

 そして、そこには四つの大きなシルエットが見える。

 それは、見るのも忌々しい三機のゴリラと――頼もしく、狂おしいほど再びめぐり合うことを望んでいた、あの機体であった。

 青く、凛々しいシルエット。戦闘中にどこかへいったのか、武器は片手にしか握っておらず、刀しかない。

 だがしかし――その、残った刀は、あらゆるモノを一刀両断にする力を秘める。

 そう――ムサシだ。


「あの馬鹿、こっちに気づいていないのか……?」


 さっさと回収して欲しいところだったが、どうやら全機、戦闘に夢中で、俺の存在に気づいていないらしい。

 まあ、それならそれで好都合。、を撃たせてもらう。

 俺は、まずGR20のスピードを少し下げて、両足で立てるくらいにする。 うわ、こんなアクロバティックな走行、産まれて初めてだな。若干苦笑いが出そうになるが、我慢して前を向く。

 そして懐からPIS50を抜き、構える。レイニー婆さんから貰った弾は三発しかないからな。大事に使わないと。

 まずは通常弾で、牽制だ。

俺は走っているGR20の上に立ち、両手で構えたPIS50の引き金を、引く。 

 ドゥン!

 凄まじい反動が俺の身体を襲うが、間一髪体勢を立て直すことに成功する。

 そして、俺のPIS50から飛び出した弾は、俺の狙い通り寸分たがわず、首元にある脆そうな機関に当たった。


『なんだ?』


 弾丸の当たったゴリラが、俺のほうを向く。どうやら俺の存在に気づいたらしい。

 そうだ、俺に注目しろ、全員で俺のほうを見ろ。そうじゃなきゃ――いくら俺でも当てづらい。

 さらに撃つ。その二発もまたゴリラに当たり、全員が俺の存在に気づく。

 よし、いいぞ、俺に注目しろ。そして――度肝を抜かれろ!


「くらえ」


 ドドドゥン! 

 三点バースト――三連射する機能――を使って、レイニー婆さんから貰った炸裂弾を、俺のことを注視している、ゴリラどもの顔面――つまり、メインカメラに向かってぶっ放す!


『『『うわぁ!?』』』


 轟音とともに、頭の部分がぶっ飛んでいくゴリラたち。すげえな、これ。RPG――対戦車砲みたいな威力じゃねえか。なんでこんなもん持ってたんだあの婆さん。あと、なんであんな小さな弾丸に、これ程の威力を籠めることが出来たのか。

 まあ、謎の婆さんはさておき、ゴリラたちは相当混乱しているようだ。

 俺はその隙に、GR20をその場に停め、ムサシへと駆ける。


「おい! リーナ! 開けろ! じゃねえと死んじまう! 俺が!」


 スーパーロボット大戦に巻き込まれて生きてられるほど頑丈じゃねえんだ。このセリフも2回目の気もするが。


『な、なんでこんな所まで来たんですか!』


「ああ? いいから入れろ。話はそれからだ!」


 俺が叫ぶと、リーナは一瞬躊躇したのか、少し間を開けてから、ムサシのハッチを開いた。

 その下りてきた梯子を急いで上り、コックピットまで到達する。


「さて、操縦を代われ。あいつらはお前じゃ倒せない」


 グッとリーナの手を握り、ハンドルから外させようとしたら……なんと、逆にリーナが俺の手を掴み、押し返してきた。


「どうした、早く代われ」


「嫌です」


「なんだと?」


 俺はリーナの顔を覗き込むと、リーナは前だけを見たまま毅然とした表情で答えた。


「私は、ユーヤに操縦を代わりません。ユーヤはそこで見ていてください」


 リーナはそう言うと、態勢を立て直しつつあるゴリラ達に向かって突進していく。

 しかし――その一撃はことごとくはずれ、せっかくの好機を逃してしまう。ホント、こいつはセンスがねぇな。


「なにしてんだ! 早く代われ!」


「嫌です! ユーヤに代わるわけにはいきません!」


「いいから、貸せ! お前が操縦しても倒せん!」


 痺れをきらせた俺が、リーナを無理矢理どかそうと、もう一度前からリーナの顔を覗き込む。

 ――が、


「っ……」


 リーナは、泣いていた。

 ボロボロと、滝のように涙を流していた。

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