第24話 俺の居場所
「なんで、泣いてるんだ。そんなんじゃ倒せる敵も倒せないぞ」
「……これ以上、ユーヤに人を殺させるわけにはいきません」
目から涙を流しながら、しかししっかりとした視線を俺に向けてくるリーナ。
その姿に一瞬怯んだが、それでも――俺は自分の傲慢を通すために、質問する。
「何故」
「泣いてました」
「それはお前だろう」
「違います」
目を擦り、涙を拭うリーナ。それでも、その目からはさらに涙が溢れている。
「ユーヤが、泣いていました。悲痛な顔で。そして、言っていました『もうこんな思いは嫌だ。殺さない、だから助けてくれ』と」
「――――っ!」
その台詞は、俺があの地獄のような夢を見ていた時に言った言葉だ。
「……大切な人に、そんな悲痛な顔をさせて、そんな思いをさせて! 私は生き残りたくはありません! 誰にもそんな顔をさせないために戦おうと決めたのに、一番肝心な人にそんな顔をさせて、そんなの、私が目指した国じゃ――」
「リーナ」
もはや堪えることもしなり、ぼろぼろと涙を流すリーナの頭を抱き、俺は優しく語りかける。
「――悪いな、そんな心配かけちまって」
そういいながら、リーナの手の上に俺の手を添える。
射撃訓練をやらせてあげた、あのときのように。
「さて、リーナ。そんな心配が杞憂だということを今から実戦してみせよう」
俺は片手でリーナの頭を抱き、片手でムサシを操作して――斬ッ! と、一機、真っ二つにする。
「えっ、えっ!?」
「これで一つ」
『なんだ!? 急に動きが変わったぞ!』
「二つ」
横なぎに、もう一機斬り払う。片手だが、案外なんとかなるもんだ。もっとも、敵はメインカメラが壊れているから、俺の攻撃はほとんど見えていないだろうけどな。
『ば、馬鹿な。何が起きているんだ? い、いったい、なにが――』
「はい、三つ」
最後の棒立ちになっていた機体をぶった斬り――辺りが、一瞬で静かになる。
「弱いな」
全機沈黙。まあ、パイロットは生きちゃいないだろう。
そう――また、殺したわけだ。人を。自分のために。
「なん、で……」
リーナは、全身の力が抜けたかのように、椅子に深く座り込む。
とりあえず握りっぱなしだった手を離し、横に立ち、 二人してしばらく黙ったまま、ゴリラの残骸が映るモニターを見つめる。
「…………」
「…………」
どれくらいの時間が経っただろうか。数分だったようにも感じるし、数時間経っていたようにも感じる。いや、案外数秒だったのかもしれない。
不意に、リーナが口を開いた。
「なんで、ここに……?」
「お前の隣に来ることに何か理由がいるのか?」
「私は、もう来ないようにと言ったはずです!」
「言われてないな。書かれはしたが」
それも手紙にな。
「……ちゃ、茶化さないでください」
少し怒られてしまった。せっかく場を盛り上げようと思ってジョークを言ったのに。
肩をすくめたあと、しょうがないので、俺はもう少し真面目に答えることにする。
「まあ、言われたな」
「……もう、巻き込みたくなかったんです。貴方をこんな殺伐とした世界に。なのに、なんでそれを、分かってくれないんですか?」
ぎろり、と、リーナにしては珍しく、かなりの意思を込めて俺のことを睨んできた。
慌てて俺はそれから目を逸らしそうになりつつ……思いとどまり、その目を見据えて答える。
「それはお前の都合だ」
「え?」
「お前は確かに俺を巻き込みたくなくなったのかもしれない。だが、だからと言って、なんで俺がお前の隣から引き離されるようなことを許容しなければならない?」
「そ、それは……」
「お前の都合で俺を何処かへ追いやりたいのなら、俺も俺の都合でお前の隣に立ち、お前が勝てない敵を俺が倒す」
今度は、リーナが目を逸らしそうになる番だった。
そして、俺はリーナほど優しくない。そっちがどう思っていようが、俺の思うことをすべて吐き出させてもらう。
「いいか? 俺が俺でいられるのは、お前の隣にいるときだけなんだ。ムサシの中だけじゃない。外にいても、どこにいても、俺の定位置はお前の隣だ。その場所じゃなきゃ、俺が嫌なんだ。さっき、なんでと訊いたな。答えてやる。俺のいるべき場所に来ただけのこと。そこに複雑な理由なんて存在しない」
「わ、私の、隣……」
なぜか顔を真っ赤にしているリーナ。ムサシの中はそんなに暑いだろうか。まあいい。
「俺も、謝らなきゃならないことがある。……今まで、中途半端な気持ちでお前の隣にいて、すまなかった。今度こそ、もう、覚悟は決めた」
そう言って、今度は頭だけでなく、身体をギュッと抱きしめる。
もう、二度と離れないように――強く。
「二度と、俺はあんな情けない面は見せない。そして、お前のことも泣かせない。俺たちの目的のために立ちはだかる敵は、一切合切まとめて全部、俺がぶった切ってやる! だから、安心して俺の隣にいてくれ!」
「ユー……ヤ……っ!」
「だからもう、泣かないでくれ」
「う、ああああああ!!」
こ、こんなにも優しい言葉をかけたはずなのに、なぜかまた泣かれてしまった。しかも俺の腕の中で。なぜだ?
しばらく泣き止むのを待っていると、リーナが俺の胸元で泣きじゃくりながら――俺に、叫びをぶつけてきた。
「怖かった。ユーヤがいなくて怖かった! あんな大きな機兵が怖かった! ユーヤが着てくれて、安心してしまった! そんなことしてはいけないはずなのに! でも、もう、一人には戻りたくない! 独りでは戦いたくない!」
こんな美人に抱きつかれて――いや自分から抱き締めたんだけど――不覚にも頬が赤くなっているのを感じる。
でも、そんな素振りは見せず、冷静を装って応える。
「ああ」
「独りで戦っている間、ずっとユーヤのことを想っていた! そして、何度も何度も助けて欲しいと願ってしまった! 私が困っていたら助けてくれる、そんな都合のいい存在だとユーヤのことを勝手に決め付けてしまっていた!」
マジかよ。俺、なんでそんなヒーローみたいに思われてたの? なんで?
「それに、またこうやってユーヤに心配をかけて、泣けば許してくれるなんてチラッと思ってしまっている……そ、そんな私ですけど、その、これからも、一緒に、一緒に戦ってくれますか……?」
潤んだ瞳で、上目遣いに俺を見てくるリーナ。……こんな美人にそんな顔されて、断れる男なんて――この世にいるんだろうか?
「もちろんだ。たとえ世界を敵にまわしたとしても、俺はお前の味方でいるさ」
ガラでもないが、雰囲気に任せてかっこうをつけてみる。うん、これ後で思い出したら死ぬほど恥ずかしくなるパターンだわ。
「……ああ、でも、俺弱いから、もしも俺が勝てないような敵だったら、リーナが倒してくれよ?」
というわけで、恥ずかしいものは恥ずかしいので、少し照れ隠しの台詞が出てしまう。
そんな俺の心情を見透かしているのか、リーナは瞳に涙を溜めながら、大人っぽい微笑を俺に見せてくる。
「分かってますよ、ユーヤ」
「なら、いい」
誤魔化すようにそう言って、今さらながら抱きしめたことが恥ずかしくなり、パッと身体を離す。
さっきから俺、恥ずかしいことばっかしてんな。
「さ、さて……まずは、俺が乗ってきた乗り物を回収するぞ」
少し、いや、かなり恥ずかしいが、空気をリセットするためにわざとらしく話題を変える。リーナも分かっているのか、その話題に乗ってきた。
「? なんでですか?」
「あれ、けっこう値打ち物らしいし、なにより便利だ。このムサシに積めるところがあるかは分からんが、どうにかして持ち帰りたいな」
「そんなに便利なんですか?」
「……こんな先行していたムサシに、三時間かそこらで追いついたんだぞ? どれほど凄いもんだと思う? 少なくとも、ここで捨てるには惜しすぎる」
「な……なるほど。それは確かに捨てていくのは勿体無いですね」
さて、どうしたものか。GR20はかなりの大きさがある。このコックピットの中では到底収まりきらないし、かといってじゃあ他に乗せるところがあるんだろうか……
腕を組んでうなっていると、唐突にリーナが俺のほうを向いて本を取り出してきた。
「こ、これになら載っているかも!」
「ああ? ……ああ、ムサシの説明書か」
そういえばそんなもんがあった。背に腹は変えられない。説明書を読もう。
手分けすることもできないので、俺はどこか収納スペースがあるか説明書から探し、リーナにはとりあえずGR20を回収しやすいように、近くまでムサシを動かしてもらう。
「近づきましたけど……ありましたか?」
「んーと……あった!」
思わずガッツポーズ。つーか、よく考えたら野営の用意とかを入れられるようなスペースがないと不便だよな。
「まずはムサシの……このボタン、収納ボタンを押して、と」
ポチ
俺がボタンを押すと、背面で何かが開いた音がした。
「よし、じゃあムサシをしゃがませて、積み込むか」
降機ボタンも押して、ムサシをしゃがませる。
俺とリーナは外に降りて、人力でムサシの中にGR20を積む。
「GR20、でしたか? かっこいいですね」
「まあな。ただ、俺はもっと派手な方がいい気もするが」
欲を言うなら近未来感がもっと欲しかった。まあ、そんな贅沢言ってられるような状況でもないんだが。
GR20を積み終わり、ついでとばかりにコックピットに置いていた荷物もまとめて背面収納に積みこむ。
「コックピット……ああいや、操縦席。広くなったな」
「そうですね」
「……まあ、今まで無駄にゴチャゴチャしてたからな」
カバン類が無いだけで、大分広く感じる。最初にこれに乗ったときの姿にかえっただけなのになぁ……。
「そういえば、ユーヤはどうして私がいる場所が分かったんですか?」
「ん? ああ、これのおかげ」
と、俺は受信機を見せる。
「こ、これは?」
「リーナの身体につけている発信機の居場所を特定する機械だ」
「……は、ハッシンキ?」
「ああ。ここには、半径二キロ以内なら、そのネックレス……ああいや、首飾りの場所が、表示されるんだよ」
そう言って、俺はリーナの首元にある――ちゃんと着けてくれてた――ネックレスを、手に持った。
「要するにこの首飾りをつけてさえいれば、お前のいる場所に何時でも飛んでいけるってことだ。今日みたいにな」
「そ、そんな便利なものが……どういう仕組みなんですか?」
「さあ、それは知らん」
こっちの世界には電気は無いはずなのに、なんで動いているんだろうか。それは不思議だ。
もしかしたら――俺以外にも異世界から来た奴がいて、そいつが作ったりしたのかもな。
「そんなわけだ。その首飾りは外すなよ? 俺がすぐに駆けつけられなくなる」
「……ゆ、ユーヤに貰ったんですから、そうでなくても外したりなんかしませんよ」
「ん?」
「な、なんでもないです。分かりました」
途中、なにやらぼそぼそ言っていたが、聞こえなかった。
まあ、言い直さないってことは別にたいしたことじゃなかったんだろう。
……本当は発信機つけたの嫌がられるかと思ったんだがな。まあ、受け入れてもらってとりあえずよかった。
「さて、じゃあ、準備は完了したし、行くか」
俺は自前のノーパソを開き、リーナをコックピットに座らせつつそう宣言した。
「って、ユーヤ?」
「あー、今から俺は訓練する。実はこの箱にはな、仮想戦闘が出来る機能があるんだ」
喋りながらノーパソの画面に、WRBのコンピューター対戦モードを表示する。
「だから、ここから城都まではリーナ、お前がムサシを操縦してくれ。もちろん、敵と出会ったら俺と交代しろよ?」
「わ、分かりました。でも、そんなに強いのに、訓練なんてする必要があるんですか?」
「ああ。……俺はまだ通常モードの戦闘技術が甘いからな。通常モードでも第二世代型機兵を六十機は斬れるようにしたい」
「……人はそれを化け物と呼ぶのでは?」
「化け物でもなんでもいい。強ければな」
とりあえず、CPUの強さは6……いや、7くらいだったな、ゴリラは。だったら、とりあえず8くらいで十対一でいいかな。もちろん味方攻撃無しで。こういう縛りプレイも久しぶりだな。
「じゃ、こっから後どのくらいだ?」
「四、五時間でしょうか」
「間に合うといいんだがな……まあ、急ごう」
「はい」
時間さえ間に合えば――後はどうとでもなる。いや、どうとでもしてみせる。
ただ、今は間に合うことを祈るだけだ。
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