第18話 穴の開いた上着
俺にとって、こいつらの黒幕が誰かなんて関係ない。しかし、それを知らなきゃ国を取り返した後に不都合が生じるだろう。
「とりあえず、リリス、そいつらはまた今度平和的に尋問しよう。黒幕の存在くらいは吐かせないとな」
「そう、ですね。では、お願いします」
リーナは後ろに控えて――今、なにが起きているのか分かっていなさそうな様子の、六人ほどいる役人に声をかける。全員、制服なんだろう。丸い羽根つき帽子と鼓笛隊みたいな格好が、役人という役職によく似合っている。
そして役人が気絶している暗殺者B,Cを担ぎ上げて何処かへと搬送していく。技術がちぐはぐなこの世界でも、牢屋くらいはあるだろうから、そこに入れられるんだろう。
そして……六人いた役人の最後の二人が、死んでいる暗殺者A……もとい、ラクサルのところへ歩み寄る。
しばらくじろじろと検死のようなものをしてから、役人の一人が不意に口を開いた。
「こ、これを殺ったのは、どちらですか?」
「俺だが?」
「す、素晴らしい腕だ。眉間を一撃だなんて! ……どうですかな? 役人になりませんか?」
「遠慮しとく。もう血なまぐさい世界はこりごりなんでな」
俺が答えると……なぜか視界の端で、リーナの肩がピクリと動いた。
そんなことは気にせず、役人たちは黙々と死体の処理を行っている。
「あのー、ヤマガミ様? 別の部屋の準備が出来ました。今夜はそちらをお使いください。そして、今回はこちらの警備の不手際で、このような賊の侵入を許してしまい、まことに申し訳ありません。つきましては、お部屋代は無料にて提供させていただきます」
これまたこなれた対応をする男がやってきた。この宿屋の主人らしい。グレーのスーツに、紫色のネクタイ。丸眼鏡をかけていて、白髪混じりの頭を、オールバックにしている。どことなく胡散臭さを感じさせられるな、特に顔。なんというか、証券詐欺をはたらきそうな、人が一見信用してしまいそうな、とらえどころの無い顔つきをしている。
俺はその胡散臭い男を一瞥するが、今は何も考えたくは無いので、テキトーに返事をする。
「……ああ、ありがとう」
「それにしても、誠にこの度は……」
暗殺者に狙われた俺を気遣ってなのか、神妙な面持ちを見せる主人。
とはいえ、こちらの主人も、この宿で人死にが出るなんて、歓迎したいことじゃないだろう。
そう考えると、一番迷惑を被ったのはこの主人かも知れないな。
「……悪いな、こんな騒ぎを起こしてしまって」
「いえ。この程度でやっていけなくなるような、ヤワな運営はしていないので大丈夫です。……ああ、ところで」
「?」
「王女様を連れ歩くならば、もう少し人数が必要なんじゃありませんか?」
囁くように、呟くように言われた、その言葉。どうやら他の連中の耳には入っていないようだが、俺は内心で凄く焦りながら、誤魔化そうと軽く笑う。
「はは、なんの話だ? まあ、確かにアイツは王女様に似てるって言われるけどよ、王女様が平民の俺と結婚するわけがないだろう? 何言っているんだ」
「おや、これは失礼しました。……ふむ、なかなか見所はありそうですねぇ」
「あ?」
「何でもございません」
主人は、最後に、俺とリーナに「失礼します」と一礼し、去っていった。
「……ユーヤ?」
俺が主人が去った後も睨み付けていたからだろうか、リーナが心配そうな声音で声をかけてきた。
「なんでもない。それより、さっさと行こう。もう寝たい」
それに、なるべく平静を装って、答える。これ以上不安にさせてはいけないだろう。
「そうですね。私もさすがに眠たいです」
俺とリーナはそうぼやきつつ、自分たちの荷物をまとめて移動する。
いくつかのドアを通り過ぎ「ここです」と案内の者に促されて、その新しい部屋に入る。
「前の部屋より少し狭いですが、ご容赦ください」
どうせなら一番いい部屋に泊めろよ、とは言えず、俺は曖昧に笑ってその案内してくれた従業員に礼をいって、部屋の中に入る。
まあ、確かに前の部屋よりは少し狭いだろうか。それでも、置いてある家具類は変わらない。
ふぅ、とため息をついて、俺は荷物を降ろした。
「……もう、何もせずに寝るか。どの道明日は早いしな」
穴の開いてしまった上着を残念に思いつつ、ハンガーにかける。
「そうですね。では着替えて寝ましょうか」
そう言って、リーナが脱ぎだそうとするので、俺は慌てて寝室に入り、着替えを出す。
……って、
「おい、ベッド一つしかねえぞ……なんでだ?」
そういえば、少し狭い部屋と言っていた。だからといってベッドが一つしかないとは思いもよらなかったが。
ドゴン!
……なんか、隣から変な音が聞こえたな。何かを壊す音だったみたいだが、まあ関係ないか。リーナの切羽詰った声も聞こえないしな。
枕は一応二つあり、少し広いベッドになっている。……そうか、俺らって夫婦っていう設定にしてたな。こういう対応とられても仕方ないか。
いや、納得は出来ないが、もう一つの部屋にソファはあった。そこで寝よう。
「ユーヤ、着替え終わりましたか?」
「ん? ああ、悪い今行く」
珍しいな。リーナがちゃんとそんなこと訊くなんて。
俺は少し感心しながら、扉を開けてリーナを中に入れる。
「ご覧の通り、寝床は一つしかない。また俺は長椅子で寝るから、従業員に言って、かけ布団をもらってくる」
「ああ、すいません。長椅子は壊し……もとい、壊れました」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声をあげ、俺は隣の部屋を覗く。
……そこには、ソファが見る影も無く壊されていた。それも、真っ二つに。
その残骸の横には、おそらくこの犯行に使われたと推測される、特殊警棒が落ちていた。
「な、なんで、だ……?」
俺が恐る恐るリーナに訊くと……斜め上の返事が返ってきた。
「いきなり爆散しました」
「そんな訳ないよな!? つーかそうだとしたら何故すぐ俺に言わない!」
「…………」
「ここで黙秘権!?」
「ち、違うんですよ? 決してワザとじゃ……そう、手が滑っただけで……」
「どういうふうに手が滑ったらソファが粉々になるんだよ! そもそも凶器くらい隠せ!」
俺が叫ぶと、ハッとした顔になり、慌てて特殊警棒を仕舞うリーナ。
…………
「それが凶器だって認めてるじゃねえか!」
「ああっ!」
リーナが、がっくりとうな垂れた。
手と膝をつき、絶望した表情で俯いているその姿は、まるでortマークのようだ。
「……リーナ、これどうするつもりだ?」
「安物ですから」
「弁償すりゃ済むってもんじゃねえぞ!」
しかもこいつ、ちょっと上等な部屋の家具を安物呼ばわりしやがった。いや、まあ、たまに忘れそうになるが、一応リアル姫様だったわけだから……そりゃ、最高級品を使ってたよな。こんなもん、安モンだよな。着てた服の値段が尋常じゃなかったもんな。
……だとしても、
「なんで、ぶっ壊したんだ?」
「むしゃくしゃしてやりました。反省も後悔もしていません」
「ちっとは罪悪感を抱けよ!? そして、理由になってねえ!」
ひとしきり突っ込んだ後、俺は少し冷静になり、落ち着いて理由を訊いて見ることにした。
「……なぁ、リーナ?」
「なんですか?」
「もう一回訊くぞ。なんで、ぶっ壊した?」
俺の真剣な問いに、リーナは真剣な顔で、答える。
「そこに長椅子があったからです」
登山家かよ。
「……俺にはお前のキャラが掴めないよ」
俺はため息をつき……座る場所が無くなっていたので、やむなくベッドに腰を下ろす。
そして当然のようにリーナが隣に座ってきた。
「……つーか俺、今夜は床で寝るのか? さすがにそれはきついんだが。今さら部屋を分けてもらえそうにもないし」
いくらなんでも図々しすぎるだろう。そもそも、宿屋に迷惑をかけてるのはこっちなのに。
「ここで寝ればいいじゃないですか。ちょうど二人用のようですし」
「だから、男女が一緒に寝たらダメだって言ってるだろ。ホントは宿だって分けたいのによ」
俺が何の気なしに言うと、リーナはなぜか悲しげな瞳で俺を見つめてきた。
「お、おい、リーナ?」
「…………」
なんかマズイことを言っただろうか。でも、特に思いつかない。
しばらく沈黙の時間が過ぎ、リーナがぽつりと口を開いた。
「……そんなに、私と一緒にいたくないんですか?」
「は?」
俺が問い返すと、リーナは堰を切ったように喋りだした。
「いつもいつもいつもいつも! 私とは一定以上の距離をおいて、こうして寝る時も必要以上に私を遠ざけようとして。必要以上に線を感じます。そんなに私と一緒にいたくないんですか!? 私のこと、なんだって思ってるんですか!? 最後くらい答えてくださいよ!」
「な、なんだよいきなり! ちょっと落ち着けよ」
「落ち着いてられません! すぐに答えてください。さあ!」
俺の肩をガシッと掴んで、逃げられなくしてくるリーナ。
この状態だとまずいので、なんとか抜け出そうと体を揺すったら……
(ん? ……え!?)
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