第17話 ブーメラン
少し首をかしげて問いかけてくるリーナ。俺はそれに無言で首肯して返す。
「ユーヤのいた環境が甘かったとは言いません。しかし、ユーヤの常識が通用しない場合もあります。……だから、今回の件は、こちらの常識で対処します。――いいですか?」
そこでリーナは一拍置き、スッと目を細めて、言った。
「問答無用な暴力を防げるのは、暴力だけなんです」
グニャリ、と視界が歪むのを感じた。それは、怒りで、ではない。
「ッ!」
そんなこと、言われなくても分かる。正義のヒーローだって、そこに正義があるから肯定されているだけで、結局のところ暴力なんだから。
そしてそれが分かってるからこそ――リーナに、そんなこと言われたくなかった。
頭ではちゃんと理解していた。リーナは、俺より強いって。たぶん、俺よりもいろいろ考えているって。
でも……俺の中では、いつの間にか勝手に、リーナは俺が守るもんだと勘違いしていた。
(そう、勘違い……ただ単純に、俺がそう思いたかっただけだが)
つまるところ、俺は戦いを知らない、機兵を操るのが上手いだけの――ガキ。絶対的な、守る側の人間じゃない。
俺は、今ここでは無力だ。異世界に来た直後と同じ――そして、向こうでは常に味わっていたはずの、一日ぶりの感情だった。慣れているはずの感情は、俺の心を激しく揺さぶる。
(……そう、俺は万能じゃない。それを思い出しただけだ)
何も特別な感情じゃない。ただの無力感。それは俺にとって当たり前のことで、むしろ、感じていなかった今までが特殊だっただけだ。
俺はそんな内心の葛藤を悟られないように、リーナに向き直って肩をすくめて見せた。
「その通り、だな。じゃあ、任せる。とりあえずここの主人を呼べばいいんだろ?」
「はい。そうすれば役人が来るはずですから。なんとか顔を隠して話をしてみます」
リーナはそう言って、パタパタと足早に部屋を出て行った。いや、顔を隠すのは無理だろう。どうやって誤魔化すんだ。
後に残されたのは、気絶した暗殺者B,Cと――撃ち殺された死体のみ。
なんとも不気味な光景だが、今は下手に動かない方がいいだろう。
「役人、か。異世界っぽいな。……いや、日本にもいたんだけどな」
俺はとりあえずこの凶器をどうするか悩む。服を巻いて撃ったから、硝煙反応は出ないと思うが……でも、この部屋の惨状を見れば、誰が撃ち殺したかなんざ一目瞭然だよな。
「しょうがない、腹をくくるか」
俺がそう呟いたとき、「うう……」とか言って暗殺者Bの方が目を覚ました。
そして何事か、と辺りを見回し、呻く。どうやら足の骨が折れていることに気づいたらしい。
「下手な真似すんなよ? 今役人を呼んでる。そのうち来るだろう。そん時――てめぇらは、終わりだ」
俺らしくない、安っぽい脅しになってしまった。いまひとつ調子が出ない。
しかし――暗殺者Bは、俺の言葉なんて一切耳に入ってこないといった風体で、とある一点を食い入るように見つめて、絶句していた。
「ラクサル……」
そう、文字通り血の海の中で、ピクリとも動かない暗殺者A――ラクサルというらしい――の方を見て呆然と呟いた。
そして、わなわなと肩を震わせたかと思うと、無事だったのかなんなのか、唯一動けるであろう左腕で、サッと目だし帽を取った。
年は三十代前半くらいだろうか。不自然にくすんだ赤毛が、おそろしいほど似合っていない。暗殺者がそんな目立つ髪の色をしていていいのかとも思うが……まあ、目だし帽を常に被るから、関係ないのかもしれない。
そして、ギラリと凄まじい眼光で俺を睨み、さっきまでラクサルとやらが俺に向けていた殺気の、更に十倍はあろうかというような殺気を俺に向けてきた。
「……なんだ? 俺になにか文句でもあるのか?」
「あるに、決まってるだろ……ッ! そいつはなァ、先月子供が産まれたんだよ。俺より年上だったのに、やっとだぜ? それはそれはみんなで喜んでよォ……」
暗殺者Bは、そこで言葉を切って、まるで血の涙をだそうかという表情で、俺に叫んだ。
「なのに! なんで死ななきゃなんねーんだよ! 今、あいつは幸せの絶頂だったはずだ。こんな汚れ仕事も最後にする、と。この業界からはすっぱり足を洗おうと……ッ! それなのに、何故! 死ななきゃなんねーんだよッ! ずっとずっと苦労してきたあいつは! 報われねえじゃねえか!」
ずり、ずり、と、左腕だけで体を引きずって、俺のほうに近寄ってくる。
それが……あまりの、不気味さで、俺は無意識に一歩、後ずさる。
「最後の、正義を……最後の正義を、執行するだけだったのに、なんで殺したんだよ! 殺すなよ! なんで、なんで!! なんでラクサルが死ななきゃなんなかったんだよォ!」
目を背けたくなるような慟哭の中……俺は、ひとつの単語に、ハッと顔を上げた。
「今、てめえなんて言った?」
「なんで、何で、なんでなんだよちくしょ――グエッ!」
俺は、そいつの喉を踏みつけて、黙らせる。
俺の問いに答えさせるために。これ以上――あの悲痛な慟哭を聞かないために。
「今、お前は……正義、と言ったのか?」
下で、苦悶の表情を浮かべながらも、俺を睨むことをやめない暗殺者Bに――俺は、静かに問いかける。
こいつが何を喚こうが知ったこっちゃない。しかし――その言葉だけは、聞き漏らしてはいけない。
「俺たちを……この国の王女を殺すのが、正義だと? お前は何を言ってるんだ?」
このままじゃ喋れないだろう、そう思って足を喉からどける。
「ゲホッゲホッ……し、知れたこと――この国は、腐りきってたんだ。だから、俺たちが国賊どもを殺していってたんだよ。軍縮なんて――わけわかんねーこと、言ってるゴミ共をな」
「だから、リーナを殺そうと?」
「王女は、殺さず捕らえろって命令だった。拷問して――王国内部の情報を聞き出すために」
「なるほど、な」
俺が相手の指揮官でもそうするだろう。リーナは情報源にも、人質にもなる。冷静になって考えたら、殺すなんて変な話だ。
そして俺の命を狙った理由は……目撃者は消せ、ってところか。
そう考えたら、暗殺者Aが執拗に殺したがっていたのは、俺だけだった。現に、一度もリーナには死ねとは言ってなかった。
常に俺にだけ、殺意を向けていた。
俺が一人納得していると――どうやら、暗殺者Bはまだ納得できていないようで、俺を再び怒鳴り続けた。
「だが! てめえのせいで、またこの国の膿を出す計画が一歩遠のいた! 今回の武力政変だって――王国側の、自作自演だって噂だ! なんでも、敵の首領が――王族と同じ、銀の髪をしていたって話だ!」
なん、だと……いや、しかしリーナが俺を騙しているような感じではなかった。シューヤの弟だったおかげで、人の嘘を見抜くのには長けているつもりだ。リーナは、嘘は言っていない。
でも――この男からも、苦し紛れに嘘をついている様子は見受けられない。
「知ってるか。この国で銀の髪を携えているのはなァ――王族だけなんだよ! つまり、敵の将は王族。ひょっとしたら、筆頭の国賊の――現在行方不明の、王本人が武力政変の首謀者かもな!」
その台詞についカッとなって――俺は、言ってはいけないことを言ってしまった。
「そんなもん、知ったことか。人殺しがなにをほざく!」
言った後、俺は気づく。盛大なブーメランだということに。そしてそれは――案の定とも言うべきか、俺に戻ってきた。
目を見開いて、暗殺者Bはここぞとばかりにさらに怒鳴り声を上げる。その顔には、狂喜とも呼ぶべき表情が張り付いている。
「そう! 俺は人殺しだ。この手で何人もの人間を手にかけてきたよ。しかし! それは全て正義のため! てめえのように、とりあえず殺したというわけじゃねェ!
お前はラクサルを殺したせいで、あいつの家族は、全員路頭に迷う! 全員死ねば、それもてめえが殺したのと同じだ! お前は自分と関係ない人間まで殺したんだ!
それに――この正義を邪魔したせいで、またたくさん人が死ぬ! それもこれも、みんなみんなテメェのせいだッ! テメェが後先考えずに殺したせいでな!」
廊下の向こうから、どたどたと音が聞こえる。リーナが役人を連れてきたんだろう。
だが……俺はそんなことに気を向けられなかった。
こんな論理が破綻した人間の言葉が――なぜか、心に突き刺さる。
もう聞きたくない、そう心の底から思わされてしまう。
「だま、れえええ!!!」
「ユーヤ! 止めてください!」
完全にキレた俺が、つい暗殺者Bに掴みかかろうとしたとき、リーナが中に入ってきて……間一髪、俺を止めてくれた。
俺はいつの間にかじっとりと汗をかいていたことに気づき……息を整えてから、
「すまない、一瞬取り乱した。……もう、大丈夫だ」
平静を装って答えた。
しかし、俺が少し落ち着こうとしたのにも関わらず――暗殺者Bは、なおも口汚く俺を罵る。
「おい、王女! その男は人殺し――つまり、俺たちと同じ人種だぞ? いいのか、そんなに近づいて。殺されちまっても知らないぜ?」
人殺し――その言葉に、俺は体を無意識にこわばらせる。現代日本では、こんな殺気とともに言われるような言葉ではないからだ。……こんな憎悪も、だが。
今なら分かる。自分が、どれほどぬるま湯に浸かっていたのかと。
「ヒャアハハハッハハハハハッッッッッッッ!! いい目だ。完全に人殺しの目だよ。なんだ? 俺を殺すか? いいぜ、殺ってみろよ! この俺を殺してみ――」
「黙りなさいッッ!!」
ガッ! と、目にもとまらぬ速さでリーナが暗殺者Bを黙らせる。
いや、黙らせるっていうか……片手で首を掴んで持ち上げている。女子の筋力で出来るもんなのかそれは。
「くっ、かっ……」
「ユーヤを侮辱することは許しません。もしもまだユーヤを侮辱すると言うのなら――私がお相手します」
何でか分からないが、リーナが激怒している。仲間を侮辱されて怒ったとかだろうか。
「それに、あなた方は私たちを殺そうとやってきたはずです。それなのに自分たちが殺されたら怒り狂い暴言を吐き続けるなど、人としてどうかと思います。因果応報、とだけ言っておきましょう」
静かな、しかし確実にごうごうと燃えているだろう怒気を感じる。いったい何がリーナをここまで掻きたてているんだろうか? さっぱり分からないが、とりあえず――
「リリス、そいつを下ろしてやれ。オチてる」
「え? ……あ!」
白目剥いて泡吹いてるんだ。死にはしないだろうが、それ以上何をやっても無駄だろう。
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