67話 ロギヌ

「どういうことだ? リーナ」


 捕虜を返す――それは、向こうの要求を呑むという事だろうか。

 たしかに、戦争は避けられるなら避けたい。しかし……死者が出ていないとはいえ、俺たちは既に村を1つ半焼にされている破壊工作を受けている。充分、戦争するに足る攻撃を受けていると思うんだが。

 リーナが臆病風に吹かれるというのも考えづらい。オルレアン王国の第二世代機兵の総数は、うちの数倍あると言われている。それは確かに脅威だが、こちらには第一世代機兵が二機ある。そこまで戦力に差があるとは思えない。


「賠償する金も無いぞ?」


「ええ。無論お金は払いません。それに、返すのもアンガーとハンガーではないですが」


「……? いや、お前の言う事に俺には否は無い。しかし、理由を聞かせてくれ」


 俺が問うと、ライアが「ではその説明は私が」と言って、書類を見せてきた。


「端的に言えば、内部に潜入するためです」


「――機兵戦をせずに、暗殺で済ませるつもりか」


 暗殺――今さら、別に人を殺すことに躊躇は無い。しかし、いきなり敵国のトップを暗殺しようだなんてリスクが高すぎるだろう。


「それも違いますね。ユーヤさん、コレットさんの能力を覚えていますか?」


 コレットの能力……それは、変身。そして、変身対象の身体の癖なんかまでコピーすることが出来る能力。


「その能力を使って、コレットさんにまず、ミラさんをハンガー、スーさんをアンガーに変身させてもらいます。そして、その二人を内部に潜入させます」


「……待て、その作戦だとコレットがこちらに確実に寝返っていないと不可能だぞ。というかそもそも、コレットの能力で、他者を変身させることが出来るのか……?」


「ええ。まず、コレットさんはこちらに寝返らせました。彼女の目的が――オルレアン王国の転覆だそうなので」


「どういうことだ」


 しれっと言われたが、わけが分からん。どうしてコレットがオルレアン王国を転覆させたがるのか。


「彼女が79番と言われていた……と言っていたのは覚えていますか?」


「ああ、覚えてる」


 暗殺者養成施設にでもいたのかと思っていたな、その話を聞いて。

 ただ、捕虜にしてからのコレットは一切、ひと言も喋らなかったので……早々に尋問を打ち切っていたんだが。


「彼女の持っている首飾りにおそらく彼女の妹と思しき人が写っている写真が入っていたので」


 ……なんとなく察しはついたが。


「俺らに賭けたと」


「ええ、我々が勝利すれば――人質となっている人ももれなく救出されますからね」


 ライアがしれっと言うが、まあその通りだ。


「根拠は見せたのか?」


「いえ。ただ、このままではどの道妹様は助けられませんと言ったまでです」


 なるほど……な。


「分かった、ならコレットが協力してくれると」


「ええ。そして、スーさんには忍び込んでもらい……情報収集の後、可能であればノーセン国王の誘拐、などを行ってもらいます」


「なんでスーなんだ? オルレアン王国には間者を入り込ませていたはずだろう。わざわざスーを入り込ませる必要は」


 俺が問うと、ライアが淡々といつも通りの口調で、


「全員、連絡が途絶えました。おそらく排除されたのでしょう」


 と、俺にとってはショックが大きい話をした。

 ……分かってる、これは戦争だ。味方が一人も死なないなんてのは不可能だ。そもそも、俺は既に敵兵をスーと一緒に大量に殺してる。何か言う資格なんてない。

 それでも――


「――了解した。それなら、スーは適任だな」


「ええ。ミラさんは喋れませんが――変身させれば声も変わるので、問題ないでしょう。喋れない理由も無くなりますし」


 こいつやっぱミラの正体に気づいてるな。まあ、アレは暗黙の了解みたいなもんだしな。


「並行して、そろそろ機兵部隊の準備も完了です。おそらく、スーさんとミラさんがバレた時点で進軍してくると推察されますので、その際はギルさんを筆頭に、向こうの第一世代機兵が出撃してくるまでは持ちこたえましょう。そして、第一世代機兵が出てくれば……」


「俺が出る、か。流れ自体はシンプルだな」


「ええ。とはいえ、現場判断はいくらでも変更されますので、このままいくとは限りませんが」


「もう俺がムサシで突っ込んで全滅させた方が早いんじゃね?」


「……十五分以内に我が国の十倍ほどの第二世代機兵を全滅させることが出来るのならどうぞ」


 ……WRBでだったら余裕だが、コンピューター戦と違って、全員が向かってくるわけじゃないから、リアルではツラいだろう。その後に第一世代機兵との戦いも待っているわけだし。


「作戦は了解した。……ちょっとリグルのところに行ってくる。リーナ、スーとミラへの通達は?」


「ミラにはすでに。スーさんには今からです」


「分かった。なら、スーには俺から伝えておこう。その件も含めて、また今夜報告しに来る。果実酒でも冷やしておくかな」


「分かりました。では、ライア。その前にこの辺の政策なんですが……」


 ライアとリーナが話し合いを始めたので――内容も俺の関わっていないプロジェクトだったから――俺は、そっとリーナの部屋を出る。

 足早に城内を移動し、リグルの工房へ向かう。


「リグル、俺だ。ユーヤだ」


「おう、入れ」


 俺が扉を開けて入ると……うわぁ、ごちゃごちゃしてるなぁ。

 壁際には、なんだかわけのわからない機材が積んであり、下には図面がバラバラに散らばっている。

 キョロキョロと周りを見ている俺が煩わしかったのか、「とっとと入れ」と苛立った声で中に呼ばれる。



「遅くなったな、すまん」


「何、遅くなって困るのはワシじゃねえ」


 それもそうか。


「それで……俺専用のI2E武装ウェポンが出来たってのはマジか?」


「ああ、もちろんじゃ。お前の主武装である銃を改良してるみたいなもんじゃな」


 少しワクワクして尋ねると、ポンと手渡された。

 それは……なんていうか、普通の銃だ。オートマチックタイプの銃で、俺の手にしっくり馴染む。余計な装飾はついていないが、いくつかボタンがついている。カラーリングはムサシと同じで蒼。とてもカッコいい。

 握って、重さを確認する。うん、ちょうどいいな。


「いい銃じゃないか。弾丸は何ミリだ?」


 口径はそう大きくない。Σと同じなら、弾丸も互換できる。


「いや、弾丸は使わん。ともかくまあ、試し撃ちしてみろ。ほれ、こっちじゃ」


 そう言われて、奥へと入ると……射撃場があるな。以前、武器屋で使わせてもらった射撃場よりも広くて、高性能な感じだ。


「まずは説明からじゃな。ここを押すと」


 かちっとリグルが「1」と書いてあるボタンを押すと、パン! と乾いた音とともに、マンシルエットに何かが当たった。


「今のは、昏睡弾じゃ。殺傷能力はないが、殴られたくらいの威力はある。当たると、電流が走ったように痺れてしばらくは動けない。非殺傷兵器もあった方がいいじゃろ?」


「ああ」


 凄いな……パラライザーとか夢が広がる。さすがはSF世界。


「次に、こっちは」


 今度はドン! と発砲音が鳴る。Σと似たような銃声だ。威力も同じくらいだろう。


「こっちは通常弾じゃな。ただし、発射しているのは弾丸じゃなくて魔魂石――ああいや、I2Eの弾丸じゃ。人ひとりなら余裕で殺せる」


「なるほどな。貸してくれ、感触を確かめたい」


「そう慌てるでない。まだあるんじゃぞ? 機能は」


 リグルは3のボタンを押す。


「こっちはさらに威力が強化されたものだ。反動も、お前が持っているPISよりは大分少ない。おそらくお前でも片手で撃てる。ただし――」


 ドゴン! と物凄い音とともに、空気が震える。

 ……PISなんか比べ物にならない威力だな。


「これは対人で使う意味はあまりないと思うがの、まあ対物兵器とでも思っとったらええ」


 まあ、確かに今までもPISもそんな感じで使っていたしな。


「そして、最後に――これは、人相手には使ってはいかんぞ? 使っていいのは機兵と、亜人デミスにだけじゃ」


 そう言って、リグルは『禁』と書かれたボタンをトントンと叩く。


「撃ったらどうなる?」


「人なら簡単に爆散する。市街地で撃ったら普通に何軒か消滅するじゃろうな」


 ……おいおい、そんな危険な代物を俺に渡すんじゃねえよ。

 俺はため息をつきつつも、リグルに「試し撃ちしていいか?」と許可をとってから、マンシルエットに向けて銃を構える。


「そういや、この銃の名前はなんていうんだ?」


「特に決めてねえからお前さんがつけていいぞ」


「そうか」


 と、言われても悩むな。

 なんていうか……カッコいい名前がいいよな、せっかくだし。


「うーん……神話とかからとるかな」


「だとするなら、ロギヌ・ググニールなんかはどうじゃ?」


「どういう意味だ? それ」


 この世界なのに横文字とは珍しい。いや、人名は横文字だから、何かの名前と思えばそう珍しくも無いのか?


「意味は『神に突き立てる刃』だそうじゃ。この国の建国前から伝わっておる、神話の一節じゃよ」


 へぇ……やっぱ、神話とかこの世界にもあるんだな。そりゃあるか。この国は歴史がそう古くは無いみたいだが、それでもこの世界自体はもっと前からあったんだろうしな。


「いいな、悪くない。それを採用させてもらう」


「うむ」


 俺はロギヌを構えて、マンシルエットに向ける。

 そして、右肩、左肩、左ひざ、右ひざ、心臓、頭の順番に撃ち抜いていく。

 そして、マンシルエットを別のものに変えて再度撃つ。今度は、全部同じ場所に命中する。……しかし、凄いなこれは。Σよりも反動が軽いのに、Σよりも弾速が速く強力だ。


「リグル、射程は?」


「だいたい、交戦半径は『1』で15メトル、『2』で30メトル、『3』で一応50メトルまでは届くようにしている。『禁』はおおよそ100はいくだろうな」


 ちなみに、メトルとはこの世界におけるメートルのようなものである。厳密には1メートル=1メトルでは無さそうだが、そう差も無いのでそのままにしている。

 ロッヅといい、メトルといい、その他にもだが人名以外の単位でも横文字が出てくるのはなんでなんだろうか。


「しかしそう聞くとこの武器は凄いな。一丁で何役もこなせる」


 ロギヌは、名前負けしない実力はありそうだ。


「もっと練習してくか?」


 リグルが訊くので俺は頷きを返す。


「うし、腕を磨くか」

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