66話 偶にはイチャイチャ……してる暇はない

 ハンガーが何も答えないので、俺が思案していると……うつむいたままのハンガーが、ぼそりと呟いた。


「お腹が……減りました」


 は? と驚く間もなく、腹の虫が鳴る音がする。


「…………えっと、なら、いくら食ってもいいから、こちらの質問に答えてくれるか?」


 俺がダメ元で言ってみると、ハンガーは顔だけこちらに向けてくる。


「美味しいなら、考えます」


 ライアと顔を見合わせる。

 こいつ……存外ちょろいかもしれない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「さて、じゃあ飯を用意したぞ」


 あのあと、俺とライアでハンガーの尋問を行うことにした。ハンガーは両手両足が動かない状態なので、飯を出されても犬食いするしかないんだが……それでも、ガツガツと食べている。ちなみに、メニューは牛丼、のようなものだ。


「はぐっはぐっ」


 物凄い大食いだな。痩せの大食いという言葉は知っていたが、ここまでとは。

 と、いかんいかん。その食べっぷりに感心している場合じゃない。こちらが聞きたいことを全部吐かせないと。


「さて、ハンガー。質問に入ってもいいか? ちなみに拒否したら飯を持ってこない」


「何なりとお聞きくださいませ」


 もうこいつちょろい。


「とはいえ、私は亜人デミスマンとはいえど――末端に過ぎません。知りえている情報は、亜人デミスマンが何人いるかくらいのものです」


「それでいい。何人だ」


「私を含めて六人です。うち一人はアンガーさんですね」


 ハンガーの口ぶりからして、嘘はない。俺に対して嘘をつけるやつなんていないから大丈夫だろう。

 とはいえ、こんなのがあと四人もいるのか……その四人が同時に城都でテロでも起こしてきたらたまったもんじゃないな。


「すぐに他国からの人間を入れないように伝令を出すべきでしょうね」


「ライア、お前の連絡網でどうにかならないか?」


「急がせますが、こればっかりは……」


 仕方がない。それでも、ちゃんと伝令は出しておこう。

 リグルに車の開発を願いたいな。石油が無いからガソリンも無いし……かといって魔魂石をそっちに回すわけにはいかないし。いや、いっそ魔魂石で電車を走らせるというのもいいかもしれない。

 って、そうじゃない。


「じゃ、次だ。機兵の総数は?」


「知りません」


 嘘を言ってない。

 アンガーといい、ハンガーといい、こいつら、重要なことは教えてもらえてないっぽいな。

 まあ、敵陣に乗り込ませるという事は倒される可能性があるってことだ。妥当な判断だな。向こうの指揮官は無能ではないらしい。有能かどうかは知らんが。

 あと、気になることと言えば……


「お前が持っていた、あの機械。アレはなんて言うんだ? 俺の顔が写っていただろう」


 ハンガーの持っていたスマートフォンは、現在俺が持っている。研究班に回して解析させてはどうかとライアに言われたが、アレは俺の世界の物品だと言ったら納得してくれた。

 パスワードは、さっきハンガーが開くときに打ち込んでいたものを盗み見ていたからわかっている。ただ、これ電気も無いのにどうやって動かしてるんだろう……とは思ったが、敵方が俺のようにソーラーバッテリーを持っているのかもしれない。


「アレは……ウォンターが私に渡したものです。たしか、すまほ……とか言いましたか。一瞬にして写真を撮ったり、動く写真を撮ったりできます。ただ、使い方は分かりません。私にわかるのは、写真を見ることだけです」


 ぺらぺらと喋ってくれるから助かるが……ふむ、写真機能のことしか教えていないのか。

 ちなみに、こちらの世界にも写真はある。あるが、撮るのに時間がかかるので、あまり普及していないのが現状だ。そして、動画は無いんだな。


「なるほど……」


 俺が次の質問に移ろうとした時に、


「申し訳ございません。ユーヤ様、ライア様。アンジェリーナ国王陛下がすぐさまこちらへ向かえとのことです」


 扉の向こうからそんな声が聞こえてきた。

 リーナから呼び出しか……何が起きたんだろうか。


「分かった。すぐに行くと伝えておいてくれ。……じゃあ、ハンガー。最後に1ついいか?」


「なんでしょうか」


「そのウォンターというのは……黒髪、黒目で、第一世代機兵の操縦が上手いか?」


 ハンガーはキョトンとした顔をして、頷いた。


「ウォンターは決して人前には出ませんのに……この国の諜報技術を舐めていましたか」


「ああ。お前らはライネル王国を舐め過ぎだ」


 それだけ伝えて、俺とライアはその部屋を出て行った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「リーナ、どうした?」


 俺が再びリーナの部屋に行くと、リーナが難しい顔をしていた。その手には、先ほどのハンガーからの書状が握られている。


「あ、ライアは先に砦への伝令をしにいっているから、後で来るそうだ」


「そうですか。それにしても、厄介なことになりましたね……というか、ユーヤ。また危ないことをしたんですか? 前回、アンガーと戦った時もあれほど言いましたよね!? 危ないことはしないと!」


 そして、開口一番怒鳴られる。た、確かに約束はしたが……。


「だ、だけどな、リーナ。今回はちゃんとライアもいたし、スーもいたし……」


「ユーヤは私よりも弱いんですから、白兵戦は避けてください! 心配なんですよ!?」


 それを言われると弱い……。たまにリーナの仕事の合間に模擬戦をするけど、未だに一本もとれてないからな……。


「そ、それはそうだが……というか、アンガーの時も、ハンガーの時も、俺から首を突っ込んだわけじゃないぞ?」


「スーさんを助けに入ったのは首を突っ込むことに入らないんですか? ライアさんからの報告書を読みましたが、完全にユーヤの独断で行動してましたよね。あの時の任務は、リグルさんに協力を取り付けるだけだったはずです」


 ぐうの音も出ない。というか、ライアの野郎、どんな書き方しやがった。


「そ、そりゃそうなんだが……」


「もうユーヤは許しません。危ないことばっかりするユーヤなんて知りません」


 そして、フイッと顔をそらされる。完全に拗ねさせてしまった。

 まさかこれのためだけに呼んだんじゃあるまいな……と思うが、リーナだったらその可能性も無きにしも非ずだ。いや、今は非常事態だからそんなことは無いと思いたいが。


「あー……リーナ、ごめんな? その、もう無茶はしないから」


「……本当ですか?」


「ああ、本当だ。ちゃんと、俺は機兵でしか戦わないよ」


 たぶん、と心の中で付け加えるのも忘れない。

 まあ、これから戦争が始まれば……この世界の戦争の性質上、機兵以外での戦いはそうはないだろうから、約束も出来るってもんだ。


「じゃあ、その、約束の証拠として……」


 もじもじとした様子のリーナ。なんだろうか。

 俺がキョトンとしていると、リーナが手招きをする。ふむ、近寄れってことか。なにをするつもりだろう。

 リーナの執務机の前まで近づくと……リーナが、ギュッと俺の手を握ってきた。


「指切り、してください」


「ああ」


 こっちの世界にも指切りなんてあるんだな、なんてほほえましい気持ちになりながら、俺はリーナの小指に俺の小指を絡ませる。


「貴方は生身で戦わないと誓いますか?」


 俺が「ゆ~びき~りげ~んま~ん」と歌おうとしたら、リーナが先に話し出した。なんだ、指切りげんまんの歌は歌わないのか。


「ああ、誓おう」


「この誓いを破ったら、ユーヤは私の言う事をなんでも聞きますね」


「ああ、いいぞ」


 なんでも……って何をお願いされるんだろうか。


「では、約束を破ったら……その、私の仕事を手伝って、ください」


 なんだ、そんなことか。


「分かった、何ならリーナの仕事が終わるまで手伝おうか」


「いえ、ユーヤと私で、二日分終わらせれば問題ありません。そうすれば、一日……自由時間が出来ますから」


 ああ、休みの日が欲しいのか。まあ確かに、ここ最近リーナは働きっぱなしだもんな……。俺も仕事が無いわけじゃないが、リーナのためだ。その時は、時間を無理やり作ってでも手伝ってやろう。

 なんて思っていたら、リーナは凄く嬉しそうな顔で笑うと、指を離した。


「では、約束成立ですね。そうやって一日自由時間が出来たら……城都を、私が案内してあげます」


 ……おっと、無理やり、二日間時間を作らなくちゃいけないのか。でも、それは嬉しいな。


「ああ、楽しみにしてるよ」


 そう言って俺も笑うと……んん? なんていうか、この、空気だと……あれ? リーナの唇に吸い寄せられるような――


「では、そろそろ仕事の話をしてもよろしいでしょうか? アンジェリーナ陛下、ユーヤさん」


「ひゃぁっ!?」


「うおっ、ら、ライア! テメエどこから沸いた!」


 ――び、びっくりした!


「そんな虫のように言わないでください」


 心外そうに言うライアだが……今のはそう言われても仕方のない登場だと思う。というか、マジで気配を感じなかったんだが……。


「つーか、どっから聞いてた。むしろ、いつ部屋の中に入ってきた」


「指切りをしている時ですかね」


 あそこからか。

 と、俺が思ったら、なんとリーナが真っ赤に……まるで林檎かってくらい真っ赤になっている。いや、確かに恥ずかしかったが……


「陛下は、ライネル王国の国王になったんですから、その自覚を持ってですね……」


「ち、違うんです! その! ゆ、ユーヤは異世界の人ですから……っ!」


「だとしても、ですよ。ユーヤさんが他の人に話したらどうするんですか」


「ゆ、ユーヤ! さっきのは他言無用です!」


「お、おう。それは構わんが……どうしたんだ?」


「何でもないです! なんでもないんです!」


 真っ赤になって、銀髪を振り乱しながら俺に縋りつくリーナ。不覚にも、そんな姿すら美しいと思ってしまう。

 ……いかんいかん。いくらリーナが綺麗だからといって、そんな感情を国王に向けていいわけがない。

 こう、ギリシャ彫刻みたいなものだと思えばいい。綺麗だし美しいが、それは芸術のようなものだ。決して、下心は無い。


「わ、わかったから離れてくれ、リーナ」


 美人にボディタッチされたら、童貞はそれだけで死んでしまうんだ。

 リーナもその意図を汲んでくれたのか、離れてくれる。


「コホン!」


 リーナは威厳を取り戻したいのか、咳ばらいをすると、俺とライアに真剣なまなざしを向けてくる。

 さすがにそれを茶化すのはダメなので、俺は背筋を伸ばす。


「それで? リーナ。本当の要件はなんだ」


 俺が問い返すと――リーナは真剣な面持ちのまま、信じられないことを口にした。


「国王として命じます、ユーヤ。オルレアン王国に、捕虜を返還しなさい」

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